寝顔にイルミネーション

季節外れのお話(笑)














「ああ、終わったー疲れたよーPiー」
辺りが夕闇に包まれる頃、Morkはそう言いながら帰宅した。

見慣れた自宅のリビングには見慣れたはずなのにいつまでたっても見飽きることのない恋人が待っていた。

最初のうちはぎこちなかったPiだが、合鍵を使ってMorkともちろん他の家族の不在時に限ってだが、Morkの家に入ることにも少しずつ慣れてきている。
そんな自分を不思議に思う自分がいるのも事実だが。

ちなみにMorkの弟のMeenは、恋人であるPiの兄のDueanと試験の打ち上げと称して今夜はデートの予定。
多忙な両親はいつものごとく仕事で海外。
久しぶりに二人きりの時間になりそうだ。

何はともあれハードな前期試験が今日で終わったのだ。
一足先に午前中で試験を終えた歯学部のPiは当然自宅に帰ろうとしたのだが、そこへMorkからのメッセージ。
「俺の家で俺が帰るの待ってて」
薄々予想していたことではあったが
(やっぱり来たか)
と思わず頬が緩んでしまい、そしてその顔を誰かに見られなかったかと周囲を伺ったりしてしまうのはいつものこと。


街は間近に控えているクリスマス仕様で華やかで、試験が終わった解放感も手伝ってPiの気持ちも浮き立っていた。

そして屋台などでMorkの好物などを見繕い夕飯の買い物をして彼の帰りを待っていた次第である。

普段から落ち着いていて、あまり疲れたとか、大変だとか愚痴らないMorkではあったが、さすがに過密な日程で内容量も尋常ではない医学部の試験には心身ともかなり削られたようで、少し目の下に隈もできていてやつれたように見える。

「もうだめ、Pi不足だあ、補給させて」 
と靴を脱ぐやいなや抱きついてくる始末。
「ちょっと待て!」
上背のある自分よりまだ背の高い恋人がもたれかかってくるのを何とか押し止めた。

いつもならその制止は、幾度となくキスをし隙あらばそれ以上へ進もうとするMorkを諌めるものなのだが今日ばかりは意味合いが違った。

「とにかくシャワー浴びて!そうしないとお前そのまま寝てしまうぞ」
そうなのだ、さっき少し抱きしめられただけでMorkの疲労困憊ぶりが、その肩から背中へかけての強張りや、ぐったりと力の入らない様子で伝わってきたのだ。

「いやだーもう少しPiとくっついてたいー」
なかなか離れようとしない駄々っ子のMorkにPiは交換条件を出した。

それを聞くとMorkが体勢が少し持ち直した。
「わかった、ならしょうがないな」
それでも未練がましいことを言いながら何とかそのままシャワー室へ向かった。

Morkと付き合うようになるにつれ、下に弟がいる長男なことやその持ち前の冷静で状況判断に優れた性格から、実はかなり甘えるのが苦手なことが見えてきた。

なのでPiからすれば「こんなことで?」というような些細なことでも世話を焼かれるとひどく嬉しそうなのだ。

例えば先に学食に着いたときMorkの好きな飲み物を買っておいたりとか。

いつもきちんとしているシャツの襟を直してあげたりとか(まあ、これは二人であれやこれや恋人同士でしかできないことを人目を盗んでしたせいで乱れていることが大半なのだが)。



その中でも食後の歯磨きと並んでシャンプーの後に髪の毛を乾かしてもらうのがお気に入り。

そう、さっきPiが出した交換条件というのがこれだったのだ。
バスタオルとドライヤーを準備してMorkの部屋のソファに座って彼を待つ。

果たしてシャワーを終えさっぱりしたからか、Morkはいつもの恋人が可愛くてしょうがなくてだからこそからかいたくて、という楽しげな表情を取り戻してPiに近づいてきた。

しかしPiとてゆっくりと、だが着実に経験値を積んでいる。なのでMorkの軽口が出る前に有無を言わさず
「ほら、早くここに座れって」
と自分の前に来るように促す。

すると虚をつかれたように存外素直にMorkはその大柄な体をPiの長い足の間におさめた。

まずバスタオルである程度水分を拭い、それから艷やかな黒髪にドライヤーをかける。
「熱くないか?」
風音に負けないように声を張ったPiの問いに
「気持ちいいよ」
とMorkも少し大きめの声で答える。
ソファに背中を預けうっとりと目を細めながら。

部屋に響く熱風の音。
ほのかに広がるシャンプーの残り香。
どんどんふんわりしていくMorkの髪の感触を指に感じる。

 
「そろそろいいかな」
Piがドライヤーを止めると途端に柔らかな静寂が部屋に落ちる。
Morkを改めて見ると、そこにはPiの片足に上半身を預けてうつらうつらしている姿があった。

(やれやれ)
ベッドで寝ないと風邪をひくのに、と思ったもののその重みが心地よくて暫くこうしているのもいいか、となった。

何とかソファの前のローテーブルの上に置かれた照明のリモコンに手を伸ばし、少し部屋を暗くした。

すると前髪が殆ど下りているせいかいつもより幼く見えるそれでも呆れるほど端正なMorkの顔を赤や緑、黄色などの光が点滅しながら照らし始めた。それはささやかな花火にも見える。


(そういえば)
Morkがシャワーに行っている間に、部屋に置いてある小さなクリスマスツリーの電飾のスイッチを何となく入れてみたのだった。

(もうすぐ付き合って初めてのクリスマスだな)
きっとMorkのことだからPiが気恥ずかしさのあまり膨れっ面になるくらいロマンティックな計画を立てているに違いない、それはもう確信している。

それから去年の自分に言ってみる。
(来年お前にこんなクリスマスがやってくるって言っても信じないだろうな)

安心しきったように眠るMorkを見下ろしながらそっと髪を撫でる。
(ったくこいつは照れるってことを知らないからな)
などと今からもう勝手にいたたまれなくなり一瞬顔を赤らめる。
それが落ち着くと、PiはMorkの安らかな寝息に気づいて思わず微笑みじっと耳を傾けた。

それは多分これまで聴いたどんなクリスマスソングより甘やかな幸せに満ちている。