潮騒は黙り込む

小旅行にでかけるMorkPi

このお話の後日談となります。
「魚が綴る文字」

https://yoshinashitan.hatenadiary.jp/entry/2022/04/17/165511



二人が住む市から電車とフェリーで約三時間半。
甲板に立っていると次第に潮の香りが濃くなってきて日常からの距離も遠くなる。

MorkとPiはお互い実習で忙しく、それゆえに多少の諍いや仲違いも生じそうになった期間のあれやこれやを埋めるべくこの離島に一泊二日の日程でやってきた。
まあ差し詰めプチバカンスといったところか。

予約した部屋はプライベートコテージがついている木材をふんだんに使った白を基調とした部屋だった。
リネン類も同じく白とそれから青でセンスよくまとめられとても涼しげだ。

荷物を置くと
「Pi、これからどうする?ビーチに行く?」
Morkが尋ねる。
「いや、海はここからでも十分楽しめそうだからいい」
「日焼けすると疲れそうだし日が落ちたら散歩したいかな」
「ここ夕陽が綺麗なのでも有名なんだよな」
Piは楽しそうに率直に答え、部屋から続くかなり広いコテージに出る。
その姿をベッドに座って見つめるMork。

連絡もままならないくらい多忙な日々を過ごしていたからか少し痩せたPiの姿。
やっと二人きりになれて。
ほんの数歩踏み出せば柔らかい頬や、付き合う前から愛してやまない耳の黒子や、いつもは生真面目に引き結ばれていることの多い薄い唇に触れることができるのに。

都会とはまるで違う澄み切った空気ゆえか、部屋に降り注ぐ日差しがあまりに強靭で作る影が濃くてPiの表情がよく見えない。
どんなに恋人としての時間を経ても重ねてもMorkにとって空の魚であり続けるPi。
だからなのか。
すぐ向こうに広がるこの島ご自慢のエメラルドグリーンの海は美しすぎて、あまりにPiに似つかわしくて、このまま泳いでいってしまいそうでMorkは心細くなってくる。

するとあの手紙のことを思い出した。
基本的に安定した情緒のMorkがことPiに関してだとすぐに不安になったり心配が過ぎてしまうのを思い遣ってPiが初めて書いてくれた自分宛ての手紙。

引き寄せられるようにPiのそばまで行き、コテージの手すりにもたれながらいつもとは逆にMorkがPiの肩に頭を預ける。

「ん?どうした?」
意外なMorkの仕草に一瞬驚いたように身を固くしたPiだったが
「珍しいこともあるもんだ」
とたおやかな笑いを含ませた声で言うとMorkの髪を軽く梳く。

「Piが手紙で言ってくれたからな」
「不安にならないでほしいって」
「だから不安になったらPiに慰めてもらわないとな」
そう言って見上げたPiの顔は先程話題にした夕陽もかくやとばかりに赤く染まっている。

「あのなー」
「手紙のことを書いた本人の前で言うのは反則だぞ」
決して機嫌を損ねたわけではなさそうだがPiはかなりきまりが悪そうだ。

「ごめんごめん、あんまり嬉しかったからついつい」
素直に謝るMork。
「わかったわかった、もういいよ」
「大体この状況でなんで不安になるかな」 
真底Piは不思議そうに首をかしげる

そこへ二人の間を生温い潮風が通り抜ける。
それが合図だったのか。
Piの切れ長の理知的で端正な目周りに熱っぽい気配が立ち昇る。

「でももしお前が不安なら」
「それを解消する方法はあるよな」
そしてすっくと伸びた若木のような長い両腕をMorkの首に軽く巻きつけるとPiはMorkの頬にキスをした。
「おっ気の早いことで」
Morkがおどけると
「何だよ、不安とかマイナスな気持ちは早めに解決したほうがいいんじゃないのか」
こんな至近距離なのにそっぽを向きながらボソボソ言うPiの頬は益々艷やかに紅を引く。

けれど照れ隠しの軽口もそう長くは保たなくて、すぐそこにある秘めやかで濃密な時間への期待が空気を満たす。

もどかしげに閉められた大きな窓。
そよぐ白いカーテンと二人が身を投げだした同じく白いシーツにスクリーンのごとく碧と翠の海が映し出される錯覚を見る。
目を閉じてもなお瞼の裏に刺さる海面を反射する光。

ベッドに移動する僅かな間にMorkとPiの顔はお互いが与えたキスで濡れていた。
耐えきれず零れる不規則な吐息はすでにどちらのものかわからない。
横たえた体は官能的なリズムで跳ねる。
熱すぎる渇望をなだめることしか考えられなくなっている今の魚たちの耳には恐らく届かない波音。

そしてーー
水平線に夕陽の色が滲み出す頃には。
潮騒はしどけなく眠る恋人たちをいさささか呆れながらも優しく揺り起こすのだろう。
それはやがて移ろう時間が確かにあった証に形を変える。
共に生きていくということはそんな二人しか知らない
ときに切なく
ときに温かく
ときに艶やかな
それらの音を一つ一つ集めていくことなのかもしれないのだった。