短冊は決意表明

七夕とMorkPi。
Piは出てきません。






Morkは医学部のレポートで同じ班になった同級生たちとショッピングモールのレストランで打ち上げをした。
帰途につこうか二次会に行こうか、と無事提出できた解放感で賑やかに話し合っている仲間たちと出口に向かって歩いていると、ふとMorkの頭上の視界に色鮮やかなたくさんの細長い紙が飛び込んできた。


それは七夕の笹飾りだった。
確か以前も見たことがあったが、何故か今はその場に足を縫い付けられたように動くことができなかった。

「おい、どうした?」
「Mork、二次会に行かないの?」
矢継ぎ早にかけられる声に最低限の笑顔を向け
「ちょっと用事を思い出したから先に行ってて」
と答える。
「えー?何それ?」
何しろ顔よしスタイルよし秀才ぞろいの学部の中にあっても成績優秀。
そんなMorkの周りには様々な思惑でお近づきになりたい人々で溢れている。
なのでそんな彼の人当たりの良さというオブラートに包まれた素っ気なさに不満げな雰囲気が漂う。

それでもそれ以上の誘いはなかった。
こういうときのMorkのシャッターの下ろし方には有無を言わせない迫力があるのだ。

軽く手を振り同級生たちを見送ると、改めてMorkは天空の星々の光もかくやといった色紙の群れを見上げる。

以前も見たことがあるので、この色紙が短冊というもので、これに願い事を書いて笹に結ぶと願いが叶うと言い伝えられていることもMorkは知っていた。

そしてそばに置いてある机の上のうち水色の一枚を手に取ると暫し見つめる。

この上なく幸せそうで、でも人々が出入りするたびに吹き抜ける風に煽られる短冊のようにその完璧な二重に縁取られた大きな目は不安定に揺らめく。

やがてふっと息を吐くと
「彼をとりまく全てが彼にとって幸せでありますように」
と書き笹の葉に飾ろうとしたが、突然その手を止めてしまう。

そのまままた少し俯いて考え込む。
やがて顔を上げたMorkは自嘲気味に笑っていた。
(本当の願いを書かないとな)
それはおそらく親友のNanですら殆ど見たことがないであろう心が冷えていきそうな表情だった。
ただ眼差しだけが自分でも気づかないまま異様な熱を放つ。

そう、半年近く前のバレンタインデー以来、Morkは後悔しっぱなしなのだ。
(なんであのときNanじゃなくて自分でPiに傘を差しかけなかったんだろう)

図書館のコピー機で紙詰まりを直してもらう、そんなささやか過ぎるきっかけでPiのことが気になり始めたMork。

あのバレンタインデーの日だっていつものように大学の行事の雑用を押し付けられるだけ押し付けられて、挙げ句シールの一枚ももらえなかったPiに何かしてあげたくて、あいにく降ってきた雨に呆然としている姿に心がざわめいて、でも何故か怖気づいて思わずNanに傘を渡してしまったのだ。

(それがあんなことになるなんて)
それからのPiはまるで生まれたての雛だった。
おそらく殆ど初めて己の利用価値を計算されることなく向けられた優しさにたちまちNanに恋に落ちたのだ。

どうにかこうにかしてSNSを通じてPiとつながり「近くの学部の男」としてNanへの恋愛相談のあれこれに乗るまでにはなったが、そこで行き止まり。
完全に実生活で親しくなる機を逸してしまった。
今やNanを巡っての恋敵と認識されている有り様。

それなのにMorkの心に占めるPiの割合は日々増えていくばかり。
その思いの名前はまだわからないけれど。

ただ現状を打開できるならばベガにでもアルタイルにでも縋る。
いや、縋るのではなく誓おう。
 
そして二枚目の短冊を今度こそしっかりと笹に結びつける。

「どんなことをしても君と仲良くなる」
願い事というよりは果たし状のようなそれでいて小学生のようなその文言に今一度にらみつけんばかりの視線を当て、Morkは出口へ向かった。