肩口の星

いつものように授業が終わったあと助手席にPiを乗せ家まで送り届けたMork。

いや、いつものようにというのは少し違うかもしれない。
お互い医学部と歯学部の実習が始まり、大学を出る時間が合わないことの方が多くなってきた。

なのでこうして二人一緒に帰途につけるときのMorkは更に更に言葉とスキンシップでPiを溺れさせていて、それでも名残惜しいのか駐車しエンジンを切ってからはずっと手を繋いでなかなか離そうとしない。

「Mork、もういい加減家に入らないと」
と困惑と名残惜しさが入り混じった表情のPiに言われ渋々Morkはゆっくりと手を離した。

「明日はまた時間が合わないからPiを送っていけないのに」
整いすぎるほど整ったMorkの顔は今や母親からはぐれた子犬のごとくしょげかえっている。

「仕方ないよ、お互いこうなるのはわかっていた学部だろ」
付き合い始めの頃からはついぞ考えられない諭すような声音でPiが言う。
そして車を降りてそのまま門へ入って行こうとしたPiが突然向きを変え、運転席の窓をコンコンと軽く叩いた。

「忘れ物か?」
と窓を開けて尋ねたMorkに
「そうとも言えるな」
と悪戯っぽく微笑んだかと思うとPiはMorkの頬にひょいとピチカートみたいなキスをしてびっくりしているMorkが引き止める間もなく身を翻し
「気をつけて帰れよ」
と早口で言うと今度こそ家へ入って行った。

返事も忘れてしまったほどの驚きからようやく少し人心地のついたMorkはエンジンをかけながら先ほどのPiの唇の感触とともにPiの肩越しに一瞬煌めいた星空を思い出し、ようやくいつも愛しい恋人といるときの軽やかで甘やかな表情を知らず知らず取り戻していたのだった。

傘の影の二人

6月はFUTS強化月間2023の企画に参加したお話です。

 

 

 

医学部の友人たちとショッピングモールで夕食を共にして別れた後

(そういえば)

とMorkは思い出し雑貨屋に立ち寄った。

先日朝から雨が降っていて大学の駐車場から校舎まで傘をさして行こうとしたら壊れていたのだ。

まあそこは学部、いやキャンパスきっての人気者の彼なので困っていることに気づいた友人に助けてもらい難を逃れたのだが。

 

色とりどりの花束のように店の一角に並ぶ傘たちを見やればやはり苦い後悔が胸に広がる。

 

(何であの日自分ではなくNanに傘を託したのか)

土砂降りの雨を前に呆然としていたPiの寄る辺なさに胸が痛み、でも自分が近づく勇気はなくてNanに頼んでしまった。

結果人の打算のない好意にあまりにも慣れていないPiはNanに恋してしまった。

それはもしかしたら恋にすらなっていないのかもしれないけれど。

とにかくそれからPiはNanに近づきたい一心で自分を変えようと懸命な日々。

そんな彼の力になろうとMorkは

「近くの学部の男」

と名乗りSNS上のPiの友だちとなるところまでは来たがそこから先があまりにも八方塞がり。

Nanの言動のあれやこれやに一喜一憂するPiの話を物分りのよいフリで聞いたりアドバイスするのも限界になってきた。

ならばと意を決して行動に移しいくらアピールしてもPiはまるで本気にしない。

何ならMorkが自分にNanを諦めさせようと画策していると誤解している有様。

 

単純なようで絡まってしまった自分とPiのことを灰色の曇天の心持ちで考えこんでいたMorkのその目に鮮やかな水色の傘がふと飛び込んできた。

 

それを手に取り動作を確かめるべく広げるとその一角だけ晴れ渡った空となる。

仮初めの空を見上げ少しだけMorkの胸に一条の光がさす。

どうしたところでMorkにPiを諦めるという選択肢はないのだ。

ならばいつかこの傘をPiに差しかける日を実現させるだけだ。

いつ訪れるかもわからないその時Piはどんな顔で自分を見るのだろう。

ライバルへの好戦的な眼差し。

自信なさげな上目遣い。

できることならばMorkの愛情をわずかでも意識してついこの間思わず触れてしまったあの柔らかな頬を朱に染めてくれたらいいな。

Morkは幾度目かの決意を語りかけるように傘を丁寧に閉じレジへと向かった。

 

 

 

花束の次は君

企画24作目にして最終日🎄

意外とそこまで悩まず毎日書けました。 

とても楽しかったです。

企画してくださったたまこさんに心から感謝いたします。

 

FUTSアドベントカレンダー

 

 

ディナーを堪能して浮き立つような、少し気恥ずかしいようなシャンパンをいささか飲みすぎただけではない自分が自分ではないような感覚、

でもそれは決して不安なものではなく、

例え自分が風船のように飛んでいきそうになっても

傍らを歩く飽きもせず世の中の幸せを独り占めしたような顔の恋人が

きっとしっかりつかまえてくれる安心感があるからこそ。

 

今年もホテルの高層階の大きな窓の眼下に広がる夜景の壮大な瞬きに目が眩みながらも、ここから始まるいわば真骨頂と言うべき二人きりの時間に甘い疼きを宿しながらシャワーを浴びて部屋に戻ると。

 

ついさっきまではなかったはずの花束がベッドに置いてある。

 

九本の白い薔薇と淡い黄色のクリスマスローズ

シンプルだけれど聖夜にお似合いの清楚な美しさを湛えている。

 

不意をつかれしばし発する言葉を見失っているPiに、先にシャワーを済ませたMorkがダンスに誘うように片手を差し伸べる。

 

「いつの間に?」

目を閉じたら消えてしまいそうで瞬きをためらいながら花を凝視しながらPiが尋ねると

「予め部屋のクローゼットに入れておいてもらうようホテルに頼んでた」

Morkは手品のタネを明かした。

 

「花なんてなくてもPiは充分可愛いけど」

「今夜はPiにやっぱり贈りたくて」

「いや、それにしたってこんな上品なの俺のイメージじゃないだろ」

「えーまさにPiそのものなんだけど」

至極真面目な顔でMorkが言うものだからPiは

「よく言うよ」

とケラケラ笑った。

その直後訪れたしじま。

ベッドに並んで座っていた二人は軽く唇を合わせる。

それからPiは高価な骨董品でも扱うかのような注意深い手つきでMorkの気障な、でも深い愛の象徴をサイドテーブルに移動させた。

 

改めてMorkの隣に来るとPiはバスローブの隙間にそっと手を差し入れMorkの鎖骨を指でなぞりながら

「で、この花束に意味はあるのか?」

と吐息混じりに尋ねる。

その熱を感じて

「これから教えてやるよ」

と答えたMorkの声に隠しきれない渇望が滲む。

「へーそんな余裕があるかな」

とPiの挑発的な言葉が合図となり、先ほどまで花が彩っていたシーツの上に二人の体が境界を曖昧にしながらもつれ重なっていった。

 

 

ところでーーー

九本の白薔薇花言葉

「永遠に一緒にいたい」

クリスマスローズ

「追憶」

やはりMorkの思いはずっと持ち重りするままのようだ。

 

 

 

 

 

テーブルの上のプロヴァンス

企画23作目🎄

FUTSアドベントカレンダー

 

 

大好きな映画

「マルセルのお城」

に出てくるクリスマスのお話を使わせてもらいました。

 

 

長時間に渡る手術やら、夜間の緊急呼び出しなどが続き疲労困憊の中迎えた休日。

Morkはどうやってベッドに入ったのかも朧気だったが、とにかく目を覚ましたとき明らかに部屋を照らす光は午後のそれだった。

(さすがに寝過ぎたな)

と我ながら呆れながらのろのろと起き上がりリビングに向かう。

 

するとソファに座っていたPiが読んでいた本から顔を上げ

「起きたのか」

「よく寝てたな」

と優しく微笑む。

「ごめん、せっかくの休みに」

しょげ返っているMorkに

「あれだけ激務が続いてたんだ」

「体が休息を求めてたんだよ」

とPiは隣に座ったMorkの顔をまじまじと見つめ、その長い指で明らかに濃い目の下の隈をそっとなぞる。

それはPiがMorkの体調を心配しているときの癖だ。

 

「食欲は?何か食べれそう?」

「うーん、今は軽いものがいいな」

「わかった」

そう言うとPiはソファから立ち上がり台所へ向かう。

 

お湯を沸かす音。

Morkの好きなブレンドのコーヒーの匂い。

それらに混じって聞き慣れない乾いた音がする。

 

程なくマグカップと大きめの皿を載せたトレイを持ってPiが戻ってきて、ソファの前のローテーブル置いた。

 

皿に盛り付けられていたのはバラエティ豊かなドライフルーツとナッツ類。

「これは何だ?」

Morkが不思議そうに尋ねると

「いや、この間お前も好きなフランス菓子のお店にクリスマスケーキを予約しに行ったらさ」

「これが置いてあったんだ」

プロヴァンス地方の伝統的なクリスマスのデザートなんだってさ」

 

その後のPiの説明によるとーーー

プロヴァンス地方では十二人の使徒とキリストを合わせた十三種類のデザートを食べる習慣があること。

どんなものを選ぶかは地域ごと、各家庭で違っていてずっと議論の種になっていること。

それでも「これは外せない」という基本のものがいくつかあり

「さすがに13種類は多いからお店の人と相談してベーシックなものを買ってきたんだ」

 

4つの修道会を象徴するドライフルーツ

・胡桃

・干し葡萄

・干し無花果

・アーモンド

それから

・ポンプ・ア・ユイル(オレンジオイルを使ったブリオッシュみたいなケーキ)

・白ヌガー

・黒ヌガー

・デーツ(ナツメヤシ)をマジパンではさんだお菓子

 

それらの名前を言いながら一つ一つを指差したPiは

「ま、説明はお店のパンフレットに書いてあったからまた読んでおいて」

とPiは言うと

「多めに買ったから明日から病院に持っていくといいよ」

「ドライフルーツやナッツなら時間がなくても食べやすいだろ、効率のいい栄養補給だ」

「異教徒でも忙しい医者が習慣を真似するんだったらイエス様も許してくれるさ」

顎を上げて得意げな顔をするPi。

 

Morkはひとまず胡桃と干し無花果を口に入れた。

果実本来の甘みを凝縮した味が疲れた体に染みわたっていく。

ましてやお日様のような優しいPiの気遣いのスパイスも配合済み。

 

明日からはまた腕利きでイケメンと評判のMork先生が病院内を颯爽と歩く姿が見られるはずだ。

 

 

 

朝のラストピース

FUTSアドベントカレンダー

企画22作目🎄

 

21作目はPiが先に目を覚ましたパターンだったので今回はMorkの番。

 

 

 

 

首筋のあたりが少しくすぐったくて、でもさすがに瞼は重くてゆるゆるとMorkは目を開ける。

するとそこには自分の胸に頬を寄せ眠るPiの姿。

先程の感触の正体はPiの髪。

 

きっとかなり疲れさせてしまったはずなので、起こさないようにそっと髪を手で梳る。

今はとてもさらさらとしたそれが、昨夜から明け方前までは次第に汗で濡れていって、その過程が体中を駆け巡る。

思わずMorkの中に官能の残り火が勢いづきそうになり、さすがにまずいとPiを己の体から離そうとしたが、眠ったままのはずのPiがむずかるように頭を微かに左右に振り

「Mork…」

と幾分鼻にかかった甘えた声で自分の名前を呼ぶものだから進退窮まりそうに、、、

なったところで

Piが思いの外素早く目を開けた。

ただその眼差しは何とも気怠げで嫌でも夜の続きの色香が溢れていて、Morkは視線を動かすことができない。

 

「もう起きるのか?」 

眼差しと同じくらい物憂げな声音でPiが尋ねる。

「いや、喉が乾いたから水でも飲もうかと」

「ふうん、でも何か忘れてないか?」

少しだけ不服そうにPiが問いかけてくる。

「え?」

虚を突かれ、他の誰も知らないであろうMorkの間抜けな顔を見たPiは嬉しそうに笑うと、ベッドの中で寝たまま伸び上がり

「メリークリスマスだよ、クリスマスの朝なんだから」

と笑いながらMorkの長めの前髪をかき分けその額にキスをした。

 

今年も完璧なプランを遂行したMorkではあったが、一番大事なオーナメントを飾るのはやはりPiのようだ。

 

幸い弟のMeenは恋人や友人たちと昨夜遅くまでパーティに興じていたようなので、まだ帰ってこないだろう。

 

だからいつも肝心なときにパズルの最後のピースを持ってきてくれる天使をもう少しこの腕に閉じ込めておけるはずだ。

 

「ああ、そうだな、メリークリスマス、Pi」

Morkのお返しの挨拶に満足したPiはごそごそ動いてその頭を恋人の胸に戻した。

 

 

 

 

 

聖なる朝に風船を飛ばそう

二人で過ごす初めてのクリスマスの朝の話

 

 

 

 

意外にも先に目を覚ましたのはPiの方だった。

 

いや、意外ではないのかもしれない。

二人で過ごす初めてのクリスマスイブから翌朝までの計画を立てたのは全てMorkだったのだから。

 

Piが少しでも緊張しないように、ディナーに選んだレストランは広すぎず、狭すぎず絶妙に他の客からの視線を遮ってくれるようにテーブルも配置してあって、お陰で食事を心ゆくまで堪能することができた。

 

対してホテルは巨大な規模を誇り、この夜を過ごす人々、カップルだったり、家族連れで溢れていて、人目を気にする必要はなかった。

 

そして部屋で二人きりになった後のことは、まあ、語る必要もないか。

とにかく見るからに高級そうなシーツは素肌に触れてもとても心地よかったけれど、その感触は別の強くて深くて優しい快感にさっさとさらわれてしまったことは覚えている。

 

けれどPi専属のサンタクロースはやはり気を張っていたのだろう。

今はすやすやと朝の眠りの中。

 

高層階の窓に近づきPiは晴れた空を見上げる。

そこにはーーー

MorとPiがお互いの気持ちを本当に確かめあったあの日の風船が

色とりどりの花のようなそれらが

二人を祝福するように、労うように飛んでいく夢うつつの光景をPiは見た気がした。

 

 

 

君へ続くそりの道

FUTSアドベンドカレンダー

企画18作目🎄

 

少しだけビター?なお話なのでなんとなくはてなの方にしました。

 

 

 

 

何だかんだでほぼMorkと画像や動画を共有するためにしか使っていないインスタグラムに珍しく新着メッセージの知らせがあった。

 

Morkと付き合い始めた頃はそれこそ自分の過去の画像や個人情報を晒されたり、嫉妬や嫌がらせもしょっちゅうだったが、最近はすっかり落ち着いていたので油断していたといえばそうだったかもしれない。

 

とにかく講義と講義の合間になんの気なしに開いたその先にあったのはーーー

 

高校の制服姿の、今よりも幾分幼い、それでもやはり華のある整った容姿のMorkと、そんな彼の横に立っても「お似合いだ」と多くの賛同が得られるに違いない自信に満ちた表情の同じく制服を着た知的な美しい少女だった。

 

それだけでも口の中に苦いものが広がるのにご丁寧に

「今年のクリスマス彼と一緒に過ごすのは誰かしら」

と挑発的な一文が添えてあった。

 

スマホの画像の後ろには見覚えのあるショッピングモールの大きなツリー。

何なら昨日の放課後もその前を通りMorkと夕食を食べに行ったところだ。

 

それからの講義の内容がPiには極めてまれなことに何も頭に入らなかったのは当然だったろう。

 

「Pi、Pi」

低くよく響く声がしてPiは自分がぼんやりしていたことに気がついた。

見渡せば照明を落とされた薄暗い講義室にはPi以外誰もいなかった。

眼鏡からコンタクトに変えて久しいのに、鼻あてを持ち上げるような仕草をしかけて

「あれ?Mork?」

やっと焦点が合い、心配そうに自分の顔を覗き込むMorkの顔がはっきり見えた。

「ああ、Morkだ」

その声Piのがひどくあどけなくて、でもあまりにもか細くて。

元々いい方だが、ことPiのことになると俄然高速に研ぎ澄まされるMorkの勘がよろしくない兆候を寸分違わずとらえる。

隣の席に座りいつもより華奢に感じられるPiの指を優しく握る。

 

「何があった?」

その問いにPiは

(『何か』じゃなくて『何が』なんだな)

講義が終わったことにも気づかないくらい落ち込んでいたはずなのに、そんなことで気持ちが上向きかける自分のことが我ながらおかしくなる。

 

「何でもないよ」 

「期末試験の勉強で疲れているのかな」

そしてわざとおどけるように両のかいなを幼な子のようにMorkに向け真っ直ぐ突き出し

「だから立ち上がらせてくれよ」

と聞き分けのないことを言いつけ、そんなPiの様子に思うところがあったのか、Morkはそれ以上問い詰めようとはしなかった。

 

で後の顛末は、というと。

くだんの女の子は同じ画像をMorkにも送り付けていて、さすがに添えた言葉こそ違ってはいたが。

「私たち、やり直せると思わない?」

「今の彼氏、本気じゃないんでしょ」

若さというのはときとしてあまりに怖いもの知らずなのかもしれない。

彼女に対してMorkがどんな返事をしたのか知る者はいないが、その後一切接触してくることはなく、あまつさえ程なく海外の大学へ交換留学したとの噂。

 

Pi専属のサンタクロースは自分が乗るそりの行く手を阻むものにはことさら容赦ないのだった。