空港点景〜頂きの星を抱きしめて〜
FUTSアドベントカレンダー
企画12作目
これもはてなに上げた話からつながっているのでこちらに書きました。
「空港点景〜あの頃の君と〜」
https://yoshinashitan.hatenadiary.jp/entry/2021/07/07/185714
「空港点景〜空の魚と夜の海〜」
https://yoshinashitan.hatenadiary.jp/entry/2021/07/10/182804
「次の土曜なにか予定ある?」
いつものように講義が終わった後MorkがPiを家まで送る車の中で尋ねる。
「そろそろ試験勉強の準備をするくらいかな」
Piが答えると
「その日にさ」
「スワンナプーム空港のクリスマスツリーの点灯式があるんだ」
「Piと見に行きたいんだ」
とその名前は二人にとって忘れがたく密やかな暗号みたいなものなので、基本自分の気持ちを隠すのが不得手なPiの目の縁とか、耳とかに朱がたちどころに現れる。
「え、そ、そうなのか」
「そんな賑やかなイベント行ったことないし」
俯いてしまったPiはそれでも決して嫌がっているわけではなさそうだ。
「あそこのツリーだけは絶対Piと二人だけで見に行きたいんだ」
あくまで優しく
あくまで甘く
けれど決定的に逃げ場を塞ぐMorkの手法にはいつまで経ってもどきまぎしてしまうが、
追い詰められることに幸せを感じている自分もたいがいだ、
とPiは笑い出しそうになりながら
「ま、何事も経験だ」
「行ってみるか」
さて、その週の土曜日。
そろそろ当たりの夕闇が本格的に群青色の夜に変わりかける頃
MorkとPiは約束通り名付けようのない感情が去来する
思い出というにはまだ生々しいこの場所で
でも傍目には仲睦まじい恋人同士として立っていた。
やがて司会者によるカウントダウンが始まる。
「3、2、1点灯!」
するとゆうに普通のマンションなら3階分はあろうか、という高さのツリーにイルミネーションが煌めきはじめた。
そこだけ星空を切り取って据え付けたような空間。
「綺麗だな」
Morkは見上げるPiの横顔をつくづく見つめる。
その視線の先には
ツリーの天辺に誇り高く
そして自分を仰ぐ全ての人々を慈しむように見下ろすトップスターがある。
一つのタイミング
一つの勇気
などのあれやこれやが欠けていたら、いまだPiは自分にとって手が届くべくもない見上げるしかないあの星だったのかもしれない
とすっと背筋が冷えた。
だから殆ど無意識に確かに隣りにいるPiの手を握る。
びっくりしたPiの眦はそれでもほんの少し咎めだてたがでも柔らかい。
「ありがとう」
「お前がいなかったらこんなところに来ることなんて一生なかったかも」
そう言ったPiは確かにMorkの手に降ってきた頂きの星だった。
いつか君とあの子と星の下
たまこさんが提案してくださった
「FUTSアドベンドカレンダー」
の11作目になります。
ずっとtwitterに直接Upしていたのですが、今回は↓のお話の後日談のような感じですのでこちらにしました。
「魔法のランプの有効期限」
https://yoshinashitan.hatenadiary.jp/entry/2022/06/03/170952
「星のない夜の一行」
https://yoshinashitan.hatenadiary.jp/entry/2022/06/21/224803
12月に入って最初の二人そろっての休日。
MorkとPiは部屋をクリスマス仕様に変えるべく作業していた。
と言ってもツリーを出してきてオーナメントを飾りつけるのが主で、後は壁に飾っている写真を昨年までのシーズン中に撮ったものに差し替えるくらいだ。
「うん、いい感じだな」
少し離れたところからツリーを眺めながらMorkはPiに言った、のだがさっきまでそばにいたはずのPiの姿が見当たらない。
「Pi、どこにいる?」
少しだけ声を張ってMorkが呼びかけると
「こっちだよ」
と寝室から返事が聞こえた。
「何してるんだ?」
と言いながら部屋に入ったMorkは途端に顔が綻ぶのを自分でも感じた。
「この子も今年はクリスマスモードにしてやろうと思ってさ」
いつもベッドサイドテーブルの上で二人のあれやこれや!を見守っているくまのぬいぐるみをベッドに座ったPiが掲げる。
数年前、Morkが約半年間北部の僻地医療の仕事をしていたときに、Piの代わりに寄り添っていてくれた子だ。
いつもはアラビア風の青い衣装なのだが、今は赤に白の縁取りのニットセーターを着ている。
「そういえばこの間買ってきたとか話してたな」
隣に座りながらMorkが言うと
「ぬいぐるみ専門の店とかちょっと恥ずかしかったけどな」
困ったようなでもとても嬉しそうな顔でPiが答える。
「あ、帽子も買ってきたんだ」
とPiがMorkに手渡す。
「Morkが被せてよ」
目を輝かせるPi。
そんな彼へ募る愛しさをふわふわの茶色の頭に、これまた洋服と同素材のサンタ帽子を被せる丁寧な手つきに込める。
「うん、なかなかいいな」
前後から姿を確かめご満悦のPi。
だがそのうち遠くを見遣るような表情になる。
機嫌が悪いとかではなさそうだが、
「どうした?」
Morkがそっと尋ねると
「いや、いつかこの子とお前が働いていたあの町にまた行きたいなって」
「イブにあそこの星を見れたら素敵だろ」
たった一度だけMorkのもとを訪れたPiは、あいにくの雨でかの町の有名な圧巻の星空を見られなかったことを時折残念がっている。
その口調は決して寂しそうだったり悲しそうだったわけじゃない。
だがPiの言葉はMorkを何だか泣きたいような気持ちにさせた。
それはPiの未来には当然のように自分がいる、と同義語だったからだろう。
「いつかきっとな」
強い祈りを込めて、でも軽快にMorkが言うとPiは
「お前は見てるんだもんな、ずるいぞ」
とMorkにわざと渋面をつくり
「ま、お前もまた見たいか、うん、いつか行こう」
次は膝に乗せたくまに話しかけ、Morkに向き直る。
そのPiの笑顔は、控えめなのに胸の深いところまで確かに流れ込む星明かりそのものだった
短冊は決意表明
七夕とMorkPi。
Piは出てきません。
Morkは医学部のレポートで同じ班になった同級生たちとショッピングモールのレストランで打ち上げをした。
帰途につこうか二次会に行こうか、と無事提出できた解放感で賑やかに話し合っている仲間たちと出口に向かって歩いていると、ふとMorkの頭上の視界に色鮮やかなたくさんの細長い紙が飛び込んできた。
それは七夕の笹飾りだった。
確か以前も見たことがあったが、何故か今はその場に足を縫い付けられたように動くことができなかった。
「おい、どうした?」
「Mork、二次会に行かないの?」
矢継ぎ早にかけられる声に最低限の笑顔を向け
「ちょっと用事を思い出したから先に行ってて」
と答える。
「えー?何それ?」
何しろ顔よしスタイルよし秀才ぞろいの学部の中にあっても成績優秀。
そんなMorkの周りには様々な思惑でお近づきになりたい人々で溢れている。
なのでそんな彼の人当たりの良さというオブラートに包まれた素っ気なさに不満げな雰囲気が漂う。
それでもそれ以上の誘いはなかった。
こういうときのMorkのシャッターの下ろし方には有無を言わせない迫力があるのだ。
軽く手を振り同級生たちを見送ると、改めてMorkは天空の星々の光もかくやといった色紙の群れを見上げる。
以前も見たことがあるので、この色紙が短冊というもので、これに願い事を書いて笹に結ぶと願いが叶うと言い伝えられていることもMorkは知っていた。
そしてそばに置いてある机の上のうち水色の一枚を手に取ると暫し見つめる。
この上なく幸せそうで、でも人々が出入りするたびに吹き抜ける風に煽られる短冊のようにその完璧な二重に縁取られた大きな目は不安定に揺らめく。
やがてふっと息を吐くと
「彼をとりまく全てが彼にとって幸せでありますように」
と書き笹の葉に飾ろうとしたが、突然その手を止めてしまう。
そのまままた少し俯いて考え込む。
やがて顔を上げたMorkは自嘲気味に笑っていた。
(本当の願いを書かないとな)
それはおそらく親友のNanですら殆ど見たことがないであろう心が冷えていきそうな表情だった。
ただ眼差しだけが自分でも気づかないまま異様な熱を放つ。
そう、半年近く前のバレンタインデー以来、Morkは後悔しっぱなしなのだ。
(なんであのときNanじゃなくて自分でPiに傘を差しかけなかったんだろう)
図書館のコピー機で紙詰まりを直してもらう、そんなささやか過ぎるきっかけでPiのことが気になり始めたMork。
あのバレンタインデーの日だっていつものように大学の行事の雑用を押し付けられるだけ押し付けられて、挙げ句シールの一枚ももらえなかったPiに何かしてあげたくて、あいにく降ってきた雨に呆然としている姿に心がざわめいて、でも何故か怖気づいて思わずNanに傘を渡してしまったのだ。
(それがあんなことになるなんて)
それからのPiはまるで生まれたての雛だった。
おそらく殆ど初めて己の利用価値を計算されることなく向けられた優しさにたちまちNanに恋に落ちたのだ。
どうにかこうにかしてSNSを通じてPiとつながり「近くの学部の男」としてNanへの恋愛相談のあれこれに乗るまでにはなったが、そこで行き止まり。
完全に実生活で親しくなる機を逸してしまった。
今やNanを巡っての恋敵と認識されている有り様。
それなのにMorkの心に占めるPiの割合は日々増えていくばかり。
その思いの名前はまだわからないけれど。
ただ現状を打開できるならばベガにでもアルタイルにでも縋る。
いや、縋るのではなく誓おう。
そして二枚目の短冊を今度こそしっかりと笹に結びつける。
「どんなことをしても君と仲良くなる」
願い事というよりは果たし状のようなそれでいて小学生のようなその文言に今一度にらみつけんばかりの視線を当て、Morkは出口へ向かった。
黒猫と黄玉
マシュマロに頂いたお題で書きました。
「もくぴ、犬(または猫)を飼う」
です。
ご提案くださりありがとうございました。
私事ながら我が家には3匹猫がおりますので猫にいたしました。
詳しくはこちら↓
https://marshmallow-qa.com/messages/17420949-ee2c-465f-bfc0-463fbf0cf323
猫は新しい環境になかなか馴染めないというが、この子に関しては当てはまらないようだ。
幸い市販の爪研ぎ用品以外であまり爪研ぎをしないので大丈夫だろう、と思い切って新調したなかなかのお値段の上品なクリーム色の革張りのソファにゆったり寝そべっているのは黒いふわふわのかたまり。
お気に入りの小さいサイズのブランケットに頭を乗せて気持ちよさそうに寝ている。
「二階の荷物は一応片付けたよ」
そう言いながら少しくたびれた様子のPiが階段を降りてくるがその視線はMorkよりも先に黒い物体に向けられる。
「一階もまあ生活できるくらいにはなったし、今日はこれくらいでいいんじゃないか」
Morkもそう言って二人はソファにやれやれとばかりに座った。
その間に鎮座しているのは生後約半年の雄の黒猫だ。
遡ることおおよそ五ヶ月前。
Morkから夜勤から帰宅した土曜日の昼。
しかし、そこに週末なら見ただけで疲れが溶け出して蒸発する微笑みで迎えてくれるPiがいない。
(買い物にでも出かけたのかな?)
スマホを確認すると
「緊急事態」
というメッセージと共に何やらふにゃふにゃ動く生き物の動画。
「猫?!」
背景からPiが実家にいることはわかったのでなにはともあれ電話する。
「あ、Mork、ごめんな、いきなり」
申し訳なさそうな、でも弾むような調子を隠しきれないPiの声が聞こえてきた。
「いや、別にいいんだけど」
「とにかく状況を説明して」
Morkの求めに応じてPiが
「実はーーー」
と話し始めた。
昨日の金曜日の昼食時、
現在Piが勤務している母校の歯学部の研究室の秘書さんの話を聞いた。
先日彼女が自宅近くで雌の野良猫を保護したこと。
保護した時点で妊娠しており、程なくして四匹赤ちゃんを生んだこと。
三匹は自分や夫や子どもたちのつてで何とか引き取り先を見つけたが、残る一匹がまだ残っていること
「みんな可愛かったんですけど特に器量良しさんなんですよ」
そうして彼女はPiにスマホの動画を見せた。
そこにはようやく足取りがしっかりしてきたくらいのつやつやした漆黒の毛並みと少し緑がかった蜂蜜色の目が強く印象を残す子猫の姿があった。
「勿論見た目もめちゃくちゃ可愛かったんだけど」
多少言い訳がましく言葉をつなぐPi。
「その子(こう呼ぶときの声音がすでに甘い)めちゃくちゃ人見知りでさ」
「人の気配に気づくとすぐソファの下とかカーテンの陰に隠れるんだよ」
それがなかなか行き先が決まらない理由なのは明白だった。
そして終業後Piは秘書さんと彼女の自宅に向かい、散々苦心した挙げ句何とかお借りしたキャリーケースの中に件の子を入れ、当座の必要なものも頂きとにかく実家に帰ったのであった。
「だって俺らの住むコンドミニアムはペット飼育不可だろ」
さてそれからのPiの毎日は自宅と実家と職場と動物病院とペットショップを飛び回る非常に多忙なものとなった。
まさにハンガリーの作家ジョージ・ミケシュの言葉
「犬を飼うことはできる。だが猫の場合は人を飼う。なぜなら猫は人を役に立つペットだと思っているからだ」
そのままの日々だった。
当然Morkは心配した。
纏う雰囲気は随分柔らかく人当たりもとても良くなったが、生真面目で勉強家で何事にも手を抜けないPi。
あっという間に猫に関する知識を習得し、実践していく。
二人で過ごす時間がみるみる減っていくことをすまないと感じているのは明らかだったが
「見て見て、やっとケージから出てきたんだ」
「うちの実家にも慣れてきたかな」
「昨日は母さんの足元で昼寝したんだ」
「今日は俺が行ったら玄関まで迎えに来てくれたんだ!」
それはそれは楽しそうに逐一報告してくれるPiにとても不満をぶつけられないMorkだった。
何よりーーー
頑なで周囲を拒絶していて、でも本当は人懐こくて愛らしさや優しさを分け与えてくれる姿。
最初は取り付く島もなかったが、おずおずと自分に感情の一端を零すようになってくれる姿。
それはまさに出会った頃のPiそのもの。
ダメ押しは切れ長の涼し気な目だ。
(Piによく似ているんだよな)
そんな存在を愛おしく思わないわけはない。
そしてMorkは決意した。
今日は自分の膝に乗って手からおやつのカリカリを食べたなどとMorkを惑わす切れ長の目尻を下げて語るPiに
「Pi、家を買おう」
静かにしかし決然とMorkは宣言した。
それからは多事多端、東奔西走、応接不暇。
ありとあらゆる言い回しを使っても言い尽くせない多忙を極めた日々。
二人だけではやはり手が足りなくて、互いの両親、兄弟、懐かしのギャングスター達などありったけの人手やコネを駆使してようやくこの日を迎えたのであった。
Morkは冷蔵庫からペットボトルの水をニ本持ってきて一つをPiに渡す。
二人そろってごくごくと一気に半分くらい飲み干し一息つく。
「まさにこいつの下僕だな」
そっと背中を撫でながらMorkが言う。
「猫を飼うってそういうことだよ」
規則正しい呼吸で上下するお腹とMorkを
交互に見ながらPiが言う。
「ま、こいつのお陰でPiとのライフステージがまた上がったからよしとするか」
「とうとう持ち家だからな」
「いよいよ生涯ともにするしかないぞ」
口元は冗談めかしているがMorkの目はどこまでも真剣だ。
「この子がいてもいなくてもそのつもりだったけど」
「いよいよ腹を決めたし安心もしてるよ」
「だからそんな怖い顔しない」
おどけるとPiはMorkのこわばった眉間を優しく指先でほぐす。
「本当だったらまた指輪を買いたかったんだけど」
「ニ個も要らないってPiは言うだろうから」
Morkの言葉に思わず自分の胸元に視線を落とすPi。
そこには職業柄指にはめることができない二人お揃いのプラチナのリングが華奢な同じくプラチナのチェーンに通して揺れている。
「よくおわかりで」
愉快そうに笑うPiにMorkはポケットからリボンをかけた箱を恭しく取り出しPiに手渡す。
「何これ?」
「開けてみて」
ビロードの箱にあったのは。
二人の愛息子の煌めく目によく似た小さなトパーズが埋め込まれた、ソファと同じくクリーム色の革の首輪があった。
「こいつには誓いの指輪でなくて首輪だ」
「名前もトパーズにしたしな」
してやったりとばかりPiの手を取り芝居かがった仕草で骨ばった甲に口づけするMork。
Piは驚きやら嬉しさやら疲れやらで離れていこうとした意識を努力して引き寄せ
「ありがとう」
「改めて末永くよろしく、この子と一緒にな」
と返した。
その後短くはない年月を重ねてきた恋人であり伴侶でもある二人は、すっかり馴染んだ唇でそれでもどこか清新なキスを新しい家族越しに交わした。
星のない夜の一行
「魔法のランプの有効期限」の続編といいますかPi視点のお話です。
しをんさんが提案してくださいました。
ありがとうございます。
できればこちらを読んでくださってからの方がわかりやすいと思います。
↓「魔法のランプの有効期限」
https://yoshinashitan.hatenadiary.jp/entry/2022/06/03/170952
長い、勿論予想はしていたのだが、でも本当に長い道のりだった。
北部の僻地医療拠点病院に半年間の期限付きで派遣されたMorkのもとにやって来たPi。
何しろ電車とバスを乗り継いで片道5時間半はかかるので、まとまった休日を取るため仕事を調整していたらMorkのこの地での勤務もはや四ヶ月になろうとしていた。
久しぶりに会える嬉しさを長旅の疲れと立ち上る砂煙が覆い隠しかけたが、それでもバスの乗降場(いわゆる都会のバス停というものではなかった)に迎えに来たMorkの姿を見た途端体が軽くなったのだから現金なものだ。
薄曇りの午後、少し痩せた気がするMorkがそれでもいつもいつになっても変わらない純度の高い愛しさを湛えた笑顔をPiに向ける。
「忙しいんだからここまで迎えに来てくれなくてもよかったのに」
習い性になっている憎まれ口ではなく本当に心配して言うPiに
「少しでも早く会いたかったからな」
とこれまた出会った頃と同じ優しいからかいを含んだ声音で臆面もなく言う。
「相変わらずだな」
苦笑しながら答えたPiだがその「変わらなさ」が何にも代えがたいのだ。
「パートナーがやって来るって言って昼からは休みをもらったから大丈夫だ」
得意気にウィンクするMork 。
「はいはい」
受け流すPi。
そして二人は
「道も整備されていないだろうから」
とここに赴任する前にMorkが買い替えた四輪駆動のジープに乗り宿舎に向かった。
部屋に入り、Piが荷物を置くなり
「遠いところよく来てくれたな」
と言いながらMorkはまずPiの髪をゆっくり指で梳き、そのまま顔の輪郭をなぞり、会えなかった時間を反芻するように埋めるようにゆっくり抱きしめた。
「さすがに俺だってお前に会いたくなるよ」
そう言いながらPiは額をMorkの肩に押し当てた。
暫くそうしてから、お互いの近況や、Piの兄とMorkの弟カップルのことなど話しているうちに夕食の時間となった。
いつもMorkの根を詰めた働きぶりを心配してくれるベテランの看護師が作ってくれた料理や
「先生の恋人が来るんだってね」
誰からどこから聞きつけたのか常連の患者さんたちが持ってきてくれた龍眼やらお菓子やらをしみじみ味わった二人。
「お前のことだから大丈夫だとは思っていたけど」
「想像してた以上にここになじんでいるな」
そう言って笑ったPiの顔があまりに柔らかくてMorkは少しだけ泣きそうになった。
ただ夕食の後くらいから雨が降り出してしまった。
「ああ、これじゃMorkが言ってた星空が見られないな」
その静かだが心底残念そうなPiの呟きにMorkの胸にも涙雨が降る。
そんな彼の顔を見て
「そんな顔するなよ、お前のせいじゃないし」
とまた笑うPi。
Piがいるだけでこの部屋の空気が穏やかになり、雨の音も心地良いものになる。
夜も更け、Piが編んでくれた繭にくるまれた安心感からか二人でベッドに入るなりすぐ眠ってしまったMork。
その寝顔を子守唄が聞こえてきそうな眼差しで見つめていたPiだったが、暫らくするとMorkを起こさないようにそっとベッドから抜け出すと自分の旅行鞄の中からペンと便箋を取り出すPi。
そしてサイドランプをつけ、ローチェストの上にちょこんと座る魔法のランプを持ったくまのぬいぐるみを抱き上げると
「ちょっと失礼」
と囁き声で挨拶し、Piはくまのお腹のポケットから自分が入れた2と書かれた封筒を取り出し中の便箋を読み返した。
それはMorkが旅立つその前日に渡した2通の手紙の一つ「Piのところに帰る前日に読むように」と指定したものだった。
(改めて自分の手紙を読み直すのって変な感じだな)
多少照れてしまったがふと何かを思いついたのか、切れ長のPiの目がいたずらっぽく輝く。
それはまるで今夜はすっかり姿を隠している星の瞬きだ。
そしてPiは新しい便箋ではなく元々のニ通目の手紙に何やらサラサラとペンを走らせる。
まず
「いつか二人でそこに行ってお前ご自慢の星空を見たいな」
と書き加え、それからMorkが目にしようものなら即押し倒さんばかりの誘惑の微笑みを浮かべ
「さすがに一人寝は飽きた」
と「ペンは剣よりも強し」と古の格言そのままの(それにしてはえらく艶っぽいか)一行を添え、満足したPiは愛しい人の体温を目一杯感じられる場所へ静かに戻っていった。
潮騒は黙り込む
小旅行にでかけるMorkPi
このお話の後日談となります。
「魚が綴る文字」
https://yoshinashitan.hatenadiary.jp/entry/2022/04/17/165511
二人が住む市から電車とフェリーで約三時間半。
甲板に立っていると次第に潮の香りが濃くなってきて日常からの距離も遠くなる。
MorkとPiはお互い実習で忙しく、それゆえに多少の諍いや仲違いも生じそうになった期間のあれやこれやを埋めるべくこの離島に一泊二日の日程でやってきた。
まあ差し詰めプチバカンスといったところか。
予約した部屋はプライベートコテージがついている木材をふんだんに使った白を基調とした部屋だった。
リネン類も同じく白とそれから青でセンスよくまとめられとても涼しげだ。
荷物を置くと
「Pi、これからどうする?ビーチに行く?」
Morkが尋ねる。
「いや、海はここからでも十分楽しめそうだからいい」
「日焼けすると疲れそうだし日が落ちたら散歩したいかな」
「ここ夕陽が綺麗なのでも有名なんだよな」
Piは楽しそうに率直に答え、部屋から続くかなり広いコテージに出る。
その姿をベッドに座って見つめるMork。
連絡もままならないくらい多忙な日々を過ごしていたからか少し痩せたPiの姿。
やっと二人きりになれて。
ほんの数歩踏み出せば柔らかい頬や、付き合う前から愛してやまない耳の黒子や、いつもは生真面目に引き結ばれていることの多い薄い唇に触れることができるのに。
都会とはまるで違う澄み切った空気ゆえか、部屋に降り注ぐ日差しがあまりに強靭で作る影が濃くてPiの表情がよく見えない。
どんなに恋人としての時間を経ても重ねてもMorkにとって空の魚であり続けるPi。
だからなのか。
すぐ向こうに広がるこの島ご自慢のエメラルドグリーンの海は美しすぎて、あまりにPiに似つかわしくて、このまま泳いでいってしまいそうでMorkは心細くなってくる。
するとあの手紙のことを思い出した。
基本的に安定した情緒のMorkがことPiに関してだとすぐに不安になったり心配が過ぎてしまうのを思い遣ってPiが初めて書いてくれた自分宛ての手紙。
引き寄せられるようにPiのそばまで行き、コテージの手すりにもたれながらいつもとは逆にMorkがPiの肩に頭を預ける。
「ん?どうした?」
意外なMorkの仕草に一瞬驚いたように身を固くしたPiだったが
「珍しいこともあるもんだ」
とたおやかな笑いを含ませた声で言うとMorkの髪を軽く梳く。
「Piが手紙で言ってくれたからな」
「不安にならないでほしいって」
「だから不安になったらPiに慰めてもらわないとな」
そう言って見上げたPiの顔は先程話題にした夕陽もかくやとばかりに赤く染まっている。
「あのなー」
「手紙のことを書いた本人の前で言うのは反則だぞ」
決して機嫌を損ねたわけではなさそうだがPiはかなりきまりが悪そうだ。
「ごめんごめん、あんまり嬉しかったからついつい」
素直に謝るMork。
「わかったわかった、もういいよ」
「大体この状況でなんで不安になるかな」
真底Piは不思議そうに首をかしげる。
そこへ二人の間を生温い潮風が通り抜ける。
それが合図だったのか。
Piの切れ長の理知的で端正な目周りに熱っぽい気配が立ち昇る。
「でももしお前が不安なら」
「それを解消する方法はあるよな」
そしてすっくと伸びた若木のような長い両腕をMorkの首に軽く巻きつけるとPiはMorkの頬にキスをした。
「おっ気の早いことで」
Morkがおどけると
「何だよ、不安とかマイナスな気持ちは早めに解決したほうがいいんじゃないのか」
こんな至近距離なのにそっぽを向きながらボソボソ言うPiの頬は益々艷やかに紅を引く。
けれど照れ隠しの軽口もそう長くは保たなくて、すぐそこにある秘めやかで濃密な時間への期待が空気を満たす。
もどかしげに閉められた大きな窓。
そよぐ白いカーテンと二人が身を投げだした同じく白いシーツにスクリーンのごとく碧と翠の海が映し出される錯覚を見る。
目を閉じてもなお瞼の裏に刺さる海面を反射する光。
ベッドに移動する僅かな間にMorkとPiの顔はお互いが与えたキスで濡れていた。
耐えきれず零れる不規則な吐息はすでにどちらのものかわからない。
横たえた体は官能的なリズムで跳ねる。
熱すぎる渇望をなだめることしか考えられなくなっている今の魚たちの耳には恐らく届かない波音。
そしてーー
水平線に夕陽の色が滲み出す頃には。
潮騒はしどけなく眠る恋人たちをいさささか呆れながらも優しく揺り起こすのだろう。
それはやがて移ろう時間が確かにあった証に形を変える。
共に生きていくということはそんな二人しか知らない
ときに切なく
ときに温かく
ときに艶やかな
それらの音を一つ一つ集めていくことなのかもしれないのだった。
魔法のランプの有効期限
マシュマロでいただいたお題
【声を録音&再生できる機能のついたくまちゃんのぬいぐるみを入手したMorkPiのお話】
で書いてみました。
ぬいぐるみのメッセージ機能については都合よく捏造しております。
後千星とマナデスに影響を受けていることを告白いたします(笑)
Morkは半年間、僻地医療の任務にあたることになった。
つまるところ臨時、ピンチヒッターである。
後任予定だった医師が家庭の事情により、定められた期日に間に合わなくなったのだ。
医学部生のとき、そして研修医時代にもお世話になった先輩の切実な頼みであり、また常日頃学会などで耳にする都市部と地方の医療体制の格差の問題に関心を持ち、密かに胸を痛めていたMorkはほんの少しだけ迷ったが申し出を受けることにした。
勿論Piに相談はしたが、彼が反対することはないと信じていたし、Piは不満を言うどころかむしろ
「Morkがずっと気になっていたことだろ」
「いい機会じゃないか」
と励ましてくれた。
そして出発を明日に控えた夜。
トントンと音の主に似た控えめなノックの音がしてMorkはクローゼットルームのドアを開けた。
「荷造り終わった?」
Piが少しだけ心配そうに尋ねる。
「大体」
「まあ休日に出かけるようなところもないし、職住接近だし」
「ほとんど宿舎と病院の往復で終わるから必要最低限のものでいいしな」
Morkは答えながら、えらく場違いな、いや、Piが持っているのはふさわしいとも言えなくもないのだが、とにかくそのふわふわの薄茶色の物体に目を留めた。
「それはなんだ?Pi」
すると何か愉快な企みやキスやベッドへのお誘い!なんかを仕掛ける直前の癖である上唇で下唇を軽く巻き込む仕草を恐らく無意識にすると
「アラジンの魔法のランプくま編ってところかな」
とPiは不敵に微笑む。
言われてみればなるほどくまはアラビア風の青い洋服を着ていてご丁寧にも小さなランプを確かに持っている。
「これには録音機能があるんだ」
「メッセージを吹き込んでおいたから」
「必ず明日聞いてくれ」
いつも真面目すぎるくらい折目正しい面差しが何だか腕白に煌めいている。
そんな様子があまりに可愛くて
「Pi、こっちに来て」
と手招きしいつまで経ってもどこかしなやかさを失わない体を抱きしめる。
「当分こんなこともできないからな」
「Piをできるだけ補充しておかないと」
Morkが大げさに悲しそうな顔をしてみせると
「別にいつもそんなこと言ってるような気がするぞ」
とPiは幾分ぞんざいに肩をすくめたが
「ま、今日は特別だ、好きなだけ補充したらいい」
と自分を抱きしめたままのMorkの肩口で小声で言った。
さて北部の山間部の赴任地に到着したMork。
これから勤務する近隣の基幹病院、というにはこぢんまりとしていたが、に挨拶に行きざっと説明を受けると初日はまず宿舎の部屋を整えることとなった。
Piにも言ったように少ないものなのですぐに荷ほどきは終わり、備え付けのローチェストの上にPiと二人の写真を入れた写真立てと件のくまのぬいぐるみを置いた。
(さて)
もう長い時間を共にしているのにずっと愛らしく実はお茶目な恋人はどんな言葉を言ってくれるのか。
お腹にあるボタンを押すと
「Mork、遠いところまでお疲れ」
「腹のポケットに番号を書いて手紙をニ通入れてるから」
「一つ目はどうしようもなく落ち込んだとき」
「二つ目はこっちに帰る日の前日に読んでくれ」
「今日は午後から休みにしているからいつ電話してきてもいいぞ、じゃ、がんばって」
たった半日やそこらで懐かしくなってしまったPiの声が終わるや否やMorkがスマホに手を伸ばしたのは当然だった。
そしてーー
Morkの臨時の派遣期間も半分の三ヶ月が過ぎようとしていた。
深刻な事態こそそこまで多くなかったが、やはり地方の脆弱な医療体制が原因で厳しい結果となった患者たちを見送ることもあり、それが続くとさすがに何もかも投げ出したくなるような心持ちにもなる。
またそういうときに限って急患が多く夜通し治療に明け暮れる。
気を抜いた途端ここぞとばかりに襲いかかる眠気と闘いながら自室にたどり着き、とにかくベッドに身を投げ出す。
あっという間に閉じそうになる瞼の隙間から青い光が射し込む。
その方向に視線を向けると青い服を着た例のくまが心なしか心配そうにMorkを見つめている。
(今日みたいな日こそ一つ目の手紙を読む日じゃないか)
そう思うだけで体を起こせるのだからもうすでにPiの魔法にかけられているのかもしれない。
お腹のポケットをさぐり「1」と書かれた封筒を取り出す。
「これを読んでいるってことは相当にきつくなっているってことだよな」
「お前は昔から意外と本音をなかなか言わないし誰にも頼らず一人で抱え込むところがあるから」
「ちょっと周りの人たちのことを考えて頼ったらいい」
「勿論俺にも連絡してきたらいいよ、すぐには返事できなくても俺はいつでも待ってるから」
読み終わり今度こそMorkはベッドに横になり目を閉じる。
ついさっきまで四肢に絡みついていた際限のない疲労困憊がゆるやかに離れていく。
そして改めて一緒に働くスタッフや、町を歩けば気さくに声をかけてくれる地元の人たちの顔や声を思い返す。
母のように常に食事や体調を気遣ってくれるベテラン看護師。
地元生まれ地元育ちの腕のいい検査技師。
(そういえば)
よく怪我をしてはやってくる常連の小学生の男の子が今日の処置のあと
「いつもお世話になっているからって母さんがこれ先生にって」
と渡してくれたのはこの地域名産の龍眼だった。
それをしまったままだった鞄から取り出し、小さなキッチンの流しに行き皮をむいて口に入れる。
その瑞々しい果汁がMorkの身にも心にも行き渡り明日また頑張ろうという優しい燃料となった。
とうとうこの地での最後の勤務を終え、荷造りを済ませるとさすがに深夜になっていた。
仕事に忙殺され、あまりゆっくり眺めることはなかったがやはり今夜くらいはこの地方の素晴らしい贈り物である星空を堪能しよう。
(結局Piとここの星を見ることはできなかったな)
Piがここを訪ねてきたのは結局一度だけ。
片道だけで飛行機を使っても5時間以上かかるので一泊するのが精一杯なのにPiがこの宿舎に泊まった夜はあいにくの雨だったのだ。
そしてMorkはとうとうアラジン風の衣装を着たくまのお腹のポケットからニ通目の手紙を取り出した。
「Mork、半年間お疲れさま」
「きっといろいろな経験をしたと思うし、それはこれからのお前にきっと生かされると思う」
「こっちに帰ってきたら一週間は無理でもニ、三日は休めるといいんだけれど」
「いつか二人でそこに行ってお前ご自慢の星空を見たいな」
「明日は気をつけて帰ってこいよ」
「俺もさすがに一人寝は飽きた」
最後の一行に官能をいたく刺激され、帰宅するなりPiを組み敷く己を瞬く間に想像してしまったMork。
そんな自分を少しだけほんの少しだけ反省して、雨音がするかと錯覚するくらい降り注ぐ星々の輝きに目を凝らす。
脇に抱えたくまもこの絶景には改めて驚いているようだ。
「Piの代わりによく見ておいてくれよ」
半年間を共にした相棒に囁きかける。
都会の仇花のような照明に包まれる明日からの生活の中でも、この無邪気な魔法使いがいればきっといつかこの星空の下にPiと二人来ることができるはずだ。
ままごと道具のようなくまが手にするランプを、MorkはPiの唇にするのと同じように親指でそっとひとぬぐいした。