迷子の理由

今更ですがSafe House 楽しかったですね。

今回のお話は、年下なのに大変なしっかり者さんと、おとぼけでどうにも放っておけない年上の中の人達を反映してみました。

いつものごとく設定は適当です。









そろそろ辺りが夕闇に包まれる時間。
Piは山村部での約ニ週間に渡る地域実習を終え自宅に帰ってきた。
 
「ただいま」
声をかけると
「おーPi帰ったか」
と大きな声で迎えてくれたのは兄のDueanだ。 
その賑やかさ、強引さに辟易することもあるがさすがにニ週間ぶりとなると懐かしさを感じる。
「父さんと母さんは?」
というPiの問いかけに
「今晩も仕事だよ、いや、そんなことより!」
いきなり一層声のボリュームが上がるDuean。
「アイツのところに行かなくていいのか?!」
「は?何のこと?アイツって?」
「アイツって言ったらアイツだろうが!え?お前Meenから何も聞いてないのか?!」
「Meenがどうかしたのか?もうわかるように話してくれよ」
「Meenじゃなくて問題はMorkだろうが!」
「Morkに何かあったのか?!」
途端にPiの顔色が変わった。
声は裏返り足元が崩れていってぐらつくような感覚に襲われる。

「何かあったというか、まあ直接会えばわかる!」
そう言ってDueanは困惑するPiを急かしてバイクでMorkの家に送り届けた。
こういうときのDueanに何を尋ねても明瞭な答えが返ってこないことはわかりすぎるほどわかっているので、道中Piはほとんど口をきかなかった。

溶けない氷を飲み込んだように胸の奥がどんどん冷えて苦しい。

家にはMork 一人のはずだ、と兄から聞かされたPiは合鍵で慌てて入り口を開けると部屋に飛び込んだ。

「Mork、Mork!」
ひとまず一階にはいない。
足がもつれそうになりながら二階に駆け上がり、
Morkの自室のドアを開ける。

すると目に入って来たのはベッドで眠る姿。
大声で名前を呼びそうになったが、そこはさすがに歯学生、とにかく恋人の様子を観察することにした。

まず額に手を当てる。
(熱はなさそうだな)
それを確認すると少し気持ちも落ち着いてきた。
特に苦しそうでもない。
寝息のリズムも規則的だ。

だが。

Piは気づいた。
夜というにはまだ気の早い平日のこんな時刻。
毎日勉強にサークル活動に学校行事にと忙しく過ごしているMorkが自室のベッドに身を横たえているのがまずあり得ない事態なのだ。

(何があった?)
よくよく見れば閉じた目の下には色濃い隈があるし、頬も若干こけたようだし、実は色っぽくて大好きな長めの前髪もパサついているような気がする。

ほとんど無意識にブランケットの上に出ていた片手を握る。

空調の音だけが言葉のわからない子守唄のように控えめに響く部屋。

と、おそらくそれほど長い時間は経っていないはずだが、とにかくMorkが緩慢に目を開けた。

「Mork」
空調の音に連なるような静かな調子で声をかけたPiの顔を見たはずなのだが。

まるで幻でも見ているような焦点の合わない目、何とも判じ難い表情。

「Mork、どうした?気分が悪いのか?」
問いかけにもどこか虚ろだったが、それでも段々と目の前にいるのが誰なのか認識したようで
「Pi?」
と少し喉が詰まったような声がした。

「そうだよ、今実習から帰ってきたところだよ」
Piの口調は自然とあやすようになる。
同時に胸の奥の氷も溶け出したようだ。
「ああ、そうか、お帰り」
何度か首を振ってからPiの顔をじっと見つめる。
「ああ、Piだ」
言い直したその名前は舌に乗せたラムネ菓子みたいに消えてしまいそうだ。

「そうだ、俺だよ、本当に一体どうしたんだよ」

すると急に眼前の紗幕が取り払われたかのように Morkはものすごい勢いで起き上がったかと思うと
「Pi、大丈夫だったか?!実習中危ないことはなかったか?!」
と矢継ぎ早に尋ねる。

「は?何が?別に何もなかったよ」
あまりの豹変ぶりに思わず繋いでいた手を離し、少し後ずさってしまう。

「本当か?!」
気がつけばまたPiの手はしっかりMorkの一回り大きな手に握り込まれている。

「そんなことよりこんな時間に家で寝ているなんてどうしたんだ?何かあったのか?」
それでも多少驚きがおさまってきたPiに繰り返し尋ねられると、Morkの視線がうろうろとさまよい、それはまるで悪戯がばれそうな子どもだ。

「いや、ちょっと体調を崩しただけで…」
「Mork、ちゃんと俺の顔を見て」
「本当のことを言って。何かなけりゃいくらDueanでもあんなに騒ぐわけないよ」
珍しく上目遣いではなく真っ直ぐ自分を見つめられて
「あのバカ兄貴め、余計なことを、」
とMorkはボソボソ言ったもののPiが引き下がる気配がまるでないのを悟り、きまり悪さをごまかすように前髪を乱暴に掻き上げると
「一緒に実習に行っていた子たちのインスタ見てたらさ」
「へ?インスタ?」

意外なところからやってきた話題に困惑するPi。
彼自身はあまり積極的にSNSを使う方ではないが、実習を共にした仲間たちの多くが熱心に写真や動画を撮ってそれをツイッターやインスタグラムにアップしていたのは何となく知っていた。

「いつもPiの隣にいる奴がいたんだ」
「はあ」
またまた予想もしないところから放り込まれたボールを受け止め損ね、気の抜けた相槌を打つPi。

「いたかなあ、そんな人?」
「違う大学から来てた」
その少し恨みがましいMorkの声音には一旦気づかないふりをして、つい半日前までの記憶を辿る。

「ああ、あいつか!」
言われてみれば確かに初日のオリエンテーションで隣に座ったのをきっかけに割と親しくなった他大学の学生がいた。 

Morkと付き合うようになってからかなり社交的になったPiだが、それはあくまで対過去のPi自身比であり、やはり新しい環境に入るときはとても緊張してしまう。

だから最初に気さくに話しかけてきた朗らかな彼の存在に安堵し、その後も何くれとなく気遣ってくれるので自然と実習中は一緒に過ごすことが多くなりラインのIDも交換した。

最終日の今日も別れ際に
「世話になったな、ありがとう」 
とPiが言うと
「たいしたことはしていないよ」 
と笑った。
(あ、でもそういえば)
「大学に戻っても会えるかな?」
と尋ねられた。
その時の彼の顔からはいつも湛えている穏やかな笑みが消え張り詰めた真剣さがあった、ような気もする。
そんなことを思い返しているPiを見逃すMorkではない。

「あー!やっぱり何かあったんだろう、あいつに何言われたんだよ、Pi!」
と騒ぎ立てる。
元気がないよりはずっといいが、Piも少々苛立ってきた。
「なんにもないよ、あるわけないだろ!」   あまり勘がいいとは言えないPiもMorkがどんな種類の心配をしているのかがわかってきたので
「大体何があるっていうんだよ、俺にはお前がいるのに!」
きっぱり言い渡した。

果たしてそれはMorkにとって呪いを解く言葉だったようで、
「ごめん、Pi」
それまでの剣幕はどこへやら、厳しい教師に叱られた小学生のように項垂れてしまう。

「怒ったり、落ち込んだり忙しい奴だな」
Piは呆れながらも笑いをこらえきれない。

「お前もしかしてそれが心配で、」
具合が悪くなったのか、と続けようとしたPiを遮って
「だってお前が誰かに口説かれても、あんなに離れていたら俺は止めに行けない」
Morkは力なくしぼんだ風船のような声でとうとう白状した。
心労著しい兄を見かねてMeenがDueanに連絡したんだろう、と事の次第もすとんと理解できた。

(コイツにこれ程やれやれって思うのは俺ぐらいだろうな)
あまりのしょうもなさにぐったりしながら心の中で呟くPi。

大学内でこそMorkとPiが恋人同士なのは有名なのでさすがに少なくなってきたが、立っているだけで人々の耳目を集めてしまうMorkの華やかで洗練された容姿ゆえ、ひとたび街にでも出れば言い寄られることは相変わらずひきもきらない。

付き合いたての頃のようにそれにPiが一喜一憂することはあまりなくなったが、それでも目に余るときもある。

なのにMorkは自身に比べれば圧倒的に機会の少ないPiに好意を寄せる存在を片っ端から刈り取っている。
(どうも理不尽というか不公平というか)
そんなこんなをそっと溜め息に逃がしPiは
「Mork」
と普段より丁寧に名前を発音する。

Morkがおずおずと顔を上げると、そこにはしなやかで男性にしては華奢な長い腕を広げたPiがいた。
「おいで」
その声に導かれたMorkをPiは優雅と言っても差し支えない仕草で抱きとめた。

「だいたいお前は心配し過ぎなんだよ」 
「俺を好きになるやつなんてお前くらいしかいないって、いつも言ってるだろ」
(それは絶対違う!)
(欲目はあるかもだけど、いや、多分ないけど、Piは綺麗だし可愛いし、努力家だし、実は情が深くてちょっとでも親しくなったらお前を好きになる奴はたくさんいるんだ!)
声には出さず思いっきり主張するMorkだったが、ここはPiの心臓の鼓動と彼が喋るたびに伝わる振動に大人しく身を任せることにする。

「今のお前って」
笑いが滲む声でPiが何か言いかけたが
「いや、なんでもない」
代わりにMorkのやや艶を失った髪を撫でながら額にキスを落とす。
そして安心したからか急に強い空腹を覚えた。

「何か食べれそうか?さすがに腹減ったよ」
そのPiの言葉にやおらMorkはベッドを抜け出し立ち上がると
「じゃあどこか食べに行くか」
「え?そんな、平気なのか」
慌てるPiに
「ホントはお前を食べたいところだがな」
とMorkはウィンクを一つくれる。

「全く現金なやつだな、ま、そんなことを言えるくらいなら大丈夫か」
頬を染めたPiは処置なしだ、とばかりに肩をすくめる。

「じゃあ、ちょっと顔でも洗ってくるよ」
さすがにこれじゃ外に出れないしな、とよれよれの部屋着を指差し洗面所に向かおうとしたMorkをPiが呼び止める。

「Mork」
「ん?なんだ?」
「次の休みにさ」
「遊園地行かない?」
「いいけど、どうして遊園地?」
「うーん、何となくね」
唐突な提案にいささか戸惑ったMorkだが、可愛い恋人の可愛い申し出を拒む選択肢などもとよりない。
「わかった、あ、観覧車は絶対な」 
「お前の魂胆はわかってるぞ」
Piの殊更冷ややかな一瞥をものともせず、さっきまでの萎れた様子は一掃されいつもの調子を取り戻したMorkは部屋を出た。

そしてしばし一人になったPiはMorkにとって自分がどれほど大きな存在なのか、羞恥心を必死にねじ伏せながら改めて自分に言い聞かせる。

(俺の顔見るだけであんなに元気になるなんて、アイツはどれだけ俺のこと好きなんだよ)

さっきMorkの髪を撫でながら言いかけた言葉の続き、それは
「今のお前って遊園地で迷子になった小さい子どもみたいだな」

そんな心許ない情けない姿に愛しさが溢れすぎて、胸に寄り添っていたMorkに流れ込むんじゃないかと焦ってしまった。

だから次のデート先を決めた理由は意地でも絶対に教えない、とPiは密かに誓ったのだった。