曇りガラスとカーテンと

この写真を見て思いついたお話。
いや、これに限らず最近のFiatくんがInstagramに上げる写真はセクシーなものが多くてドギマギしております(笑)

https://www.instagram.com/p/CU9F9BQFFoO/?utm_medium=copy_link







(これはなあ)
休日のお昼どき、寮の自分の部屋でパソコンをクリックしてあるサイトを開いた途端Folkは息を呑んだ。

Pureから
「いつも行くセレクトショップのオーナーからモデルを頼まれた」
と聞かされたのが三週間くらい前。

とにかく洋服のセンスが抜群で、身長こそそこまで高くはないがスタイルにも恵まれていて、そして物怖じしない人懐こい性格。

「へえ、そうか。おもしろそうだな」
とその話を聞かされたときは確かにそう答えた。
オーナーはさすがに見る目があるな、とも思った。
スタイリッシュないつもと違う恋人の姿を見られることにわくわくしていた。

しかしーーー

(こんなだなんて聞いてないぞ!)
モニターに映し出されている写真のうちの一枚。

様々なことに倦んだようなそれでいて誘いかけるような流し目でソファに手足を投げ出し寝そべっているPure。

光沢のあるシルクらしき薄手のオフホワイトの長袖シャツを前ボタンは止めずに羽織っていて、引き締まった腹筋が覗いている。
耳に光るシルバーのイヤーカフすら意味ありげだ。

何というかあくまで主役は服のはずなのに非常に妖艶で、有り体に言ってしまえばPureとの一夜を容易に連想してしまうものだった。


(俺も自分の小説にアイツとのことをいろいろ参考にさせてもらっているし、いや、でも、これはまた話が別か?)

投稿サイトに恋愛小説の連載を持っていて、かなりの人気を博している(書籍化の話も来ていたりする)Folkは動揺のあまり「芸術と私生活」という深遠なテーマにまで思考が至ってしまい、モニターをじっと眺め続けていた。

と、そこへ
「昼飯買ってきたぞ」
と元気いっぱいにPureが部屋に戻ってきた。
Folkと付き合うようになってから基本的にいつも上機嫌なPure。
特に二人そろってゆっくり過ごせる週末や休日はそれに拍車がかかって、心の足取りは常にスキップ状態だ。

しかしその闊達もFolkの表情を見た途端さっと引っ込んでしまう。
大切にされてきたとは言いがたい育ってきた境遇。
Folkに出会うまでの放埒とも華やかとも荒んだとも言える日々。

そんな中で身につけた周囲の人の感情を読み取るPureの術は確かだった。

「どうかしたのか?」
買ってきた昼食をテーブルに置きながらさり気なく柔らかく尋ねる。

すると表情を失くしたFolkの顔に狼狽が映し出される。
パソコンの画面を隠そうとするが間に合わなかった。

「ああ、これ!この間言ってたやつ」
「よく撮れてるだろ」
わざと得意気に少し軽薄にPureは言ってみる。
「うん、そうだな。カッコいいよ」
こんなに率直に褒め言葉を口にすること自体がFolkが常ならぬ心境ということだ。
第一いつも平らかに穏やかに自分の目を見て話す彼の視線がうろうろと彷徨っている有様。

「Folk、言いたいことがあるんならはっきり言ってくれ」
空を漂う視線をとらえ、PureはFolkの顔を見据える。

するとFolkは部屋全体の空気が重みを増しそうな深い深い溜め息をついて投げやりに
「これ、服よりお前が目立ってない?」
と俯き加減で言う。

(なるほど)
Pureはすぐに合点がいった。
「そうかな、まあ結構思い切ったかもな」
「うん、気に入らなかったか?」
「気に入らないっていうんじゃなくて…」
Folkの長めの前髪越しに覗く瞳の色を注意深く吟味するPure。

「お前のこんな顔、誰もが見られるっていう状況があんまりいい気がしない」
これまでの経験上自分の気持ちをごまかしてもすぐに見抜かれることをよく知っているFolkは、躊躇いを何とか封じ込め一気に言った。

そんな結局素直なところが可愛くてたまらない恋人の座る椅子の背後にそっと立つと両の腕で抱きすくめ、Pureは自分の頬でFolkのサラサラの髪の感触を楽しみながら
「俺もまだまだだな」
とからかいを声に織り込む。
「まだまだって何が」
対してFolkはまだ拗ね気味だ。

「Folkにはもっとすごい姿を見せているつもりだったけど」
「お前なあ!」
抗議の声が上がり頬に当たる髪が揺れる。
「こんな明るい真っ昼間から何言ってるんだよ!」

「いや、そうでもないぞ」
Pureは外を視線で指し示す。 
見回せばついさっきまであった部屋にいてもジリジリと肌を灼きそうな日差しは消え、窓を叩く雨音があっという間に大きくなる。

「スコールの間なら声あんまり我慢しなくていいぞ」
「なっ、お前は全く!」
切れ長の目元を赤くして一瞬顔を背けたFolkだったが、諦めたようにそれでいて期待するように改めて立っているPureに向き直り、
「昼飯どうするんだよ」
と無駄な確認をする。
「後でいいんじゃない」
「じゃあ、そのもっとすごい顔とやらを見せてもらうかな」
と言いながらPureのTシャツの中に手を滑り込ませ腹のあたりをそっと撫でてみる。
(いくらでも見ていいけど、これに触れるのは俺だけだから)
顔も数もわからないモニターの向こう側に宣言すると、ますます音量を増す雨の歌に体温が上がるのを意識しつつFolkは空いている方の長い腕でPureの顔を引き寄せた。

そこに浮かぶ自分を求める表情はなるほど確かに途方もなく愛おしげで切羽詰まっていて、サイトのものとは比べるべくもなくFolkの背筋に快感を走らすのに充分だった。

テーブルに置き忘れられた昼食。
時間の感覚が狂いそうな薄闇迫る部屋。

カーテンは閉め忘れているけれど、お互いが吐き出す熱と欲望でガラスは曇るかもしれないから、今二人が気にかけるべきなのはきっと他のことだ。