かりそめの星でも

プラネタリウムに行くMorkPiの話

今回の曲はこちら↓

流星都市/DAOKO

https://music.youtube.com/watch?v=-5bLLwkaWxs&feature=share





久しぶりに本当に久しぶりに休日の予定が合ったその朝。


朝食を食べながらMorkは向かいに座ったPiに
「今日はどうする?Pi、何かしたいこととかある?」
と尋ねた。
「行きたいところならある」
Piにしては珍しく即答したので少しだけMorkはその完璧な二重に彩られた大きな目を見張った。
「そうなんだ?どこ?」
プラネタリウムに行きたい」
行き先としてはPiらしいな、と思った。
結果歯科医の仕事を選んだけれど彼は昔から自然科学全般に興味があって、動物や天文関係の番組もよく見ているのだ。

果たして二人は市内でも有名なプラネタリウムにやって来た。
ここは博物館や科学センターも併設されていて、近隣で育った人間なら学校の課外活動などで一度は訪れたことのあるお馴染みの施設である。

週末ともなるとかなり混雑するのだが、幸い今日は平日なのでさして待つこともなく希望の時間の回に入場することができた。

「ずいぶんきれいになってるな」
Morkは物珍しそうに周囲を見回す。
「何年か前にリニューアルしたらしい」
PiはそんなMorkを可笑しそうに眺めながら答えた。
そんな会話を交わしていると程なく館内が暗くなり上映が始まった。
座り心地のいい椅子。
ゆったりとした音楽。
ドーム状の空間に映し出される文字通りの満点の星空。
その光がより強くなったときにだけ傍らのPiの顔が明るく照らされる以外は周囲はほとんど見えなくて、まるで二人きりで漆黒の宇宙空間に漂っているような錯覚を覚える。

真空でもきっとPiの声は聞こえるはずだ。
およそ医師とは思えない非科学的なことをつらつら考えながらそっとPiの手を握ると、一瞬Morkの顔を咎め立てするように軽く睨んだがすぐに表情を緩めるとそっと握り返して来た。


「Mork、Mork起きて」
耳元でPiの声がする、とMorkは重い瞼をゆっくり開けた。
見回せばプラネタリウムの上映は終わり照明も点いていた。
「ああ、寝てたのか、子どもみたいだな」
Morkが少しバツが悪そうに言うと
「気にするな」 
とPiはふわりと微笑んだ。


その後はプラネタリウム近くのカフェに行き二人はテラス席に座った。
運ばれてきたアイスコーヒーを飲むMorkの顔をPiはやけにしげしげと見つめてくる。
「どうした?」
尋ねるMorkにPiは
「何でもないよ、いい天気だなと思って」
「確かに」
答えながらMorkはぐるりと辺りを見回し、髪を揺らす風の行方を探すように視線を上に向けた。

「やっと上を向いた」
安堵と疲れがないまぜになった声でPiが言った。
「え?」
「Morkお前気づいてなかっただろ、ここのところ下ばかり向いてた」
「働きすぎなんだよ、自分の顔ちゃんと見てみろよ!」
少しだけ語気を強めると、でもそれとはまるで反対に愛おしげな指先でPiはMorkの目の下をなぞった。
「隈ひどいし」 

そうなのだ。
Morkの勤務する総合病院が様々な要因が重なって人手不足が著しくなり、Morkは一ヶ月近くまともな休日がなかったのだ。
その間Piは何も言わなかったのだが、どれだけ心配をかけていたのかここに至ってMorkはひしひしと感じていた。

「ごめん、Pi」
「謝ることない。でも」
少し姿勢をただし真っ直ぐMorkの顔に視線を当て
「仕事熱心なのもたいがいにしろよ、まず自分を大事にしないと」
と穏やかにでもきっぱりとPiは言った。
「わかりました」
その静かな迫力に気圧されて思わず敬語になってしまったMorkにPiは声を立てて笑ったのでやっとMorkはほっとした。

(それにしても)
Morkはつい先程のPiの言葉を受けて殊更意識しながら顔を上に向け、どこまでも青い迷いなく晴れ渡った空を目をやって出会った当時のPiを思い出していた。

いつも自信なさげに伏し目がちだったあの頃のPi。
そんな彼にまさかもっと顔を上げてと。
自身や周囲の人々の思いや日々の積み重ねをもっと大切にしてと。
そんなことを言われるようになるとは。

しみじみ感慨に耽り黙ってしまったMorkをまた気遣わしげに覗き込むPi。
「どうした?疲れたのか?」
「ううん、大丈夫」
きっと今の自分はこの空のように一片の憂いもない笑顔のはず。
そう確信してMorkは言葉をつなぐ。

「よく言われることだけどさ」
「うん?」
「今みたいな昼間でも星は光っているんだよな、見えないだけで」
「うん、そうだけど」
少し不思議そうなPiに
「いや、Piにこんなに心配かけていたのに気づいていなかったんだな、と思ってね」
Morkはより笑みを濃くしながら言う。
「何でもない」
「さあ、買い物して帰るか、今夜は俺が晩飯作る」
「お、おう」
今一つ納得していない様子のPiだったが、いつもの快活さを取り戻したMorkに嬉しさがこぼれているのがわかる。

Morkが気づいていようと気づいていまいとそんなことはPiにはきっと些細なことなのだ。
日中の星のようにひっそりとでもいつだって優しくMorkを見守っていてくれる。

そんな星の煌めきを纏った空の魚を捕まえた自分の粘りと幸運にまたまた密かに喝采を送ったMorkではあった。