君の知らない夜 これから知る明日

診断メーカーが出してくれたお題
「愚者の恋」
をモチーフに書いてみました。

診断結果はこちら↓
https://twitter.com/yoshinashigmto/status/1524574599534456832?t=PZb2OjLrL0t8xWBUCdVHBw&s=19





いつものようにMorkは
「ファンディーナ」
と囁き電話を切った。

それからPiは二段ベッドの上でもう寝ている兄のDueanを起こさないように電話をしていたベランダから部屋に戻り自分も身を横たえる。


ついさっきの一日の終わりの挨拶の名残がふわふわと音符のようにPiの周りを飛び回る。

そのピアニシモに耳を傾けながら何とはなしに自分の手を顔の前にかざしてみる。

照明を落とした仄暗い部屋に浮かび上がる指や爪の形。
手のひらの皺。
そんな目の前にあるものが記憶の残像と上手く結びつかない。

(俺の手ってこんなだったっけ?)
思いながらPiは指の輪郭をもう片方の指で撫でて確かめてみる。

するとーーー
いや、本当はわかっていたのだ。
そんなことをすればどうしたってMorkが自分の手に、指に、頬に、唇に、触れるときを思い出すと。

その先にあるむず痒いような甘さとでもそれだけではない欲が自分の中に湧き上がってくることも。

Morkにかかると見慣れていたはずのたいして好きでもない(以前ほど嫌ってもいないけれど)体の一つ一つがまるで知らないもののように映る。


(まずい、このままじゃ眠れなくなる)
取り巻く音楽はいつの間にかメゾフォルテくらいになってきている。

でも上では兄が眠っているし、かと言って欲望を処理すべくこんな時間に浴室に飛び込んだらDueanに気づかれてしまう。

自室のベッドで密かに切羽詰まっているPi。


とそこへ
「わかってるよ!ちゃんと今朝は歯を磨いたよ!」
やけにはっきりと得意気な声が聞こえた。

驚いてPiは起き上がりベッドを降りて上の段の兄の様子をそっと伺う。
すると声の主は何事もなかったかのように軽いいびきをかきながらすやすや眠っている。

(ったく)
拍子抜けしながら、でも救われた心持ちのPi。


ベッドに入り直し今度こそ優しいセレナーデになってくれた恋人の声を思い出し小さな声で
「ファンディーナ」
と意識してゆっくり発音してみる。


恋を始めたてのPiにとってMorkからもたらされるものは知らないことばかり。
自分の不甲斐なさに右往左往するのはしょっちゅうだけれど。
それでも外国語の単語を一つずつ覚えていくような。
引っ越したばかりの街の道を一本ずつ覚えていくような高揚感。
もっと有り体に言えばまだ決して多くはない二人きりで過ごした夜が甘やかに容赦なく剥ぎ取る果ての見えない熱情。

そんなものたちに翻弄されるのが快いなんて、まだMorkには言えないのだが。

でもとにかく今のPiは夢の国の手前。
恋愛は時に信じられなような力をくれると同時にひどく体力気力を消耗するものでもあるので。

(Morkがいなかったら知らないってことを知らなかったんだよな)
哲学的と言えなくもない、それにしてはいささか不埒な気持ちのままMorkの仕草を真似るように親指で唇をなぞりながらPiは眠りについた。