星のない夜の一行

「魔法のランプの有効期限」の続編といいますかPi視点のお話です。
しをんさんが提案してくださいました。
ありがとうございます。
できればこちらを読んでくださってからの方がわかりやすいと思います。

↓「魔法のランプの有効期限」

https://yoshinashitan.hatenadiary.jp/entry/2022/06/03/170952





長い、勿論予想はしていたのだが、でも本当に長い道のりだった。

北部の僻地医療拠点病院に半年間の期限付きで派遣されたMorkのもとにやって来たPi。
何しろ電車とバスを乗り継いで片道5時間半はかかるので、まとまった休日を取るため仕事を調整していたらMorkのこの地での勤務もはや四ヶ月になろうとしていた。

久しぶりに会える嬉しさを長旅の疲れと立ち上る砂煙が覆い隠しかけたが、それでもバスの乗降場(いわゆる都会のバス停というものではなかった)に迎えに来たMorkの姿を見た途端体が軽くなったのだから現金なものだ。

薄曇りの午後、少し痩せた気がするMorkがそれでもいつもいつになっても変わらない純度の高い愛しさを湛えた笑顔をPiに向ける。

「忙しいんだからここまで迎えに来てくれなくてもよかったのに」
習い性になっている憎まれ口ではなく本当に心配して言うPiに
「少しでも早く会いたかったからな」 
とこれまた出会った頃と同じ優しいからかいを含んだ声音で臆面もなく言う。

「相変わらずだな」
苦笑しながら答えたPiだがその「変わらなさ」が何にも代えがたいのだ。

「パートナーがやって来るって言って昼からは休みをもらったから大丈夫だ」
得意気にウィンクするMork 。
「はいはい」
受け流すPi。
そして二人は
「道も整備されていないだろうから」 
とここに赴任する前にMorkが買い替えた四輪駆動のジープに乗り宿舎に向かった。


部屋に入り、Piが荷物を置くなり
「遠いところよく来てくれたな」
と言いながらMorkはまずPiの髪をゆっくり指で梳き、そのまま顔の輪郭をなぞり、会えなかった時間を反芻するように埋めるようにゆっくり抱きしめた。
「さすがに俺だってお前に会いたくなるよ」
そう言いながらPiは額をMorkの肩に押し当てた。


暫くそうしてから、お互いの近況や、Piの兄とMorkの弟カップルのことなど話しているうちに夕食の時間となった。

いつもMorkの根を詰めた働きぶりを心配してくれるベテランの看護師が作ってくれた料理や
「先生の恋人が来るんだってね」 
誰からどこから聞きつけたのか常連の患者さんたちが持ってきてくれた龍眼やらお菓子やらをしみじみ味わった二人。

「お前のことだから大丈夫だとは思っていたけど」
「想像してた以上にここになじんでいるな」
そう言って笑ったPiの顔があまりに柔らかくてMorkは少しだけ泣きそうになった。


ただ夕食の後くらいから雨が降り出してしまった。

「ああ、これじゃMorkが言ってた星空が見られないな」
その静かだが心底残念そうなPiの呟きにMorkの胸にも涙雨が降る。
そんな彼の顔を見て
「そんな顔するなよ、お前のせいじゃないし」
とまた笑うPi。

Piがいるだけでこの部屋の空気が穏やかになり、雨の音も心地良いものになる。

夜も更け、Piが編んでくれた繭にくるまれた安心感からか二人でベッドに入るなりすぐ眠ってしまったMork。
その寝顔を子守唄が聞こえてきそうな眼差しで見つめていたPiだったが、暫らくするとMorkを起こさないようにそっとベッドから抜け出すと自分の旅行鞄の中からペンと便箋を取り出すPi。

そしてサイドランプをつけ、ローチェストの上にちょこんと座る魔法のランプを持ったくまのぬいぐるみを抱き上げると
「ちょっと失礼」
と囁き声で挨拶し、Piはくまのお腹のポケットから自分が入れた2と書かれた封筒を取り出し中の便箋を読み返した。

それはMorkが旅立つその前日に渡した2通の手紙の一つ「Piのところに帰る前日に読むように」と指定したものだった。

(改めて自分の手紙を読み直すのって変な感じだな)
多少照れてしまったがふと何かを思いついたのか、切れ長のPiの目がいたずらっぽく輝く。
それはまるで今夜はすっかり姿を隠している星の瞬きだ。

そしてPiは新しい便箋ではなく元々のニ通目の手紙に何やらサラサラとペンを走らせる。

まず
「いつか二人でそこに行ってお前ご自慢の星空を見たいな」
と書き加え、それからMorkが目にしようものなら即押し倒さんばかりの誘惑の微笑みを浮かべ
「さすがに一人寝は飽きた」
と「ペンは剣よりも強し」と古の格言そのままの(それにしてはえらく艶っぽいか)一行を添え、満足したPiは愛しい人の体温を目一杯感じられる場所へ静かに戻っていった。