氷が溶けるまでの役に立たない寓話

こなみさんにはいつも素敵な素材をいただいてばかりです。
これも絶対自分では思いつかないものなので嬉しかったです。
素材を話してくださっているツイはこちら↓

https://twitter.com/osakna_a/status/1530021216899465216?t=dbVUD4x8ri5bSJqoeqb0FQ&s=19

今回のBGM↓
「夜の行方」椿屋四重奏
https://music.youtube.com/watch?v=Fz5Ddt7Ou7I&feature=share







そこにあるはずの柔らかな頬とほっそりとした首筋を求めてMorkは手を伸ばす。
でも触れるのは空調によってひんやりしたシーツしかない。

「Pi?」
呼びかけた名前は頼りなく辺りを漂う。
見回すとソファに座るPiの姿があった。
「ごめん、起こしたか?」
Morkの声に気づいたのか、暗がりの中でも柔らかく微笑んだPiを感じ、そこは慣れきった自室なので明かりは点けないでMorkもベッドから抜け出して隣に座る。

「眠れない?」
Piの肩に長い腕を回し髪を撫でながらMorkは囁くような音量で言う。
「ちょっと寝つけなくてさ」
PiはMorkの肩にその涼し気な額を当ててきた。
「体しんどくないか?」
「改めて聞くな!」
少し掠れた声で気恥ずかしさを誤魔化すためいささか邪険に答えるPi。
こうした時間特有の恋人たちの他には決して聞かせられない甘ったるい会話。
端から見れば花々が咲き乱れ、小鳥たちは愛の歌を囀らんばかりの二人だろうが、微かな違和感にMorkは気づいていた。

Piとそういう関係になってから数ヵ月。
受け入れる側のPiの方がより負担が大きいこともあり、二人で欲情に身を任せたあとはMorkがPiを起こすのがお決まりであった。

それはMorkにとって意地っ張りな恋人のみどり児のごとく無防備な姿を独り占めできる貴重なひととき。

なのにいつからだろう。
朝Piの方が先に起きていたり、今のようにまだ夜も明けきらないうちに目を覚ましたりしていることが増えてきた。
そんなときのPiは寄る辺ない気配を纒っていて、でもその理由にMorkは思い当たらず、かと言ってPiに正面切って尋ねたところで答えるはずがないこともわかっている。

(もう少ししたら折を見て聞いてみるかな)
この夜もぼんやり考えて二人またベッドに入り直したのだが、Piが珍しいことにやけに可愛らしく腕枕をせがんできたのですっかり直前に考えていたことは雲散霧消してしまった。

それがーー
その日を境にパッタリと二人で夜を過ごすことがなくなった。
日中ももはや当たり前となったMorkの運転でのPiの大学の送り迎えで顔を合わすくらいで、食事にすら行かない。
明らかにPiはMorkと距離を置いている。

(さすがにおかしい)
異変に気づいたMorkはいつものように家まで送り車を降りようとしたPiを呼び止めた。

「Pi」
その固い響きと不安げなMorkの顔をPiは寂しそうな何かを諦めたような表情で、でも目を逸らすことなく見返した。

「最近どうした?」
「どうしたって?」
「俺のこと避けているだろ」
ついつい詰問口調になった自分にはっとしたMorkだったが
「気づくよな、そりゃ」
とPiに肯定され、いきなり胸に氷を当てられたような気持ちになった。
次にPiから発せられる言葉を永遠に聞きたくなくて思わず耳を塞ごうとしたが体も動きを止めている。

「別れよう、Mork」
Piは言った。
「どう、して」
やっとのことで絞り出した声はかろうじて空気を震わせた。

するとPiはひっそりと言う。
「知らなかったかもしれないけど」
「俺はお前と付き合いだしたときからいつか別れる日が来ることをいつも考えていたよ」

「俺のこと、嫌いになったのか?」
ああ、これが別れ話というものなのか、と俯瞰で自分の姿を認めながらMorkは尋ねる。
「違う」
「じゃ、なんで?」
「お前のそばにいる自分が好きになれないから」
「ううん、違うな、お前のそばにいる自分に失望しているんだ」
Piの言葉たちがMorkを徐々に、しかし確実に谷底に落としていく。

「何でそんなこと、そんなこと思うんだよ!」
血の味がする声で否定するMork。
それを妙に凪いだ眼差しで見つめるPi。

「いつからそんなこと考えてた?」
「だから最初からって言った」
「それでもMorkが俺のことを本当に好きでいてくれているんだなってだんだん実感するようになったんだ」
そう言ったPiの顔は淡く微笑んでいるのに泣いているようにしか見えない。
「じゃなぜ?」
Morkの繰り返しにさすがにいたたまれなくなったのか、Piは車の窓の外へ視線を逃がすと今度はうつむいてしまった。

「Pi」
途轍もない恐怖、そうMorkにとってはPiのいないこれからなど恐怖でしかない。
それでもここが正念場と何とかできるだけ静かに名前を呼ぶ。

「ごめん」
だがPiは一言それだけ残すと車を降り家に入っていった。




Piに別れを告げられた日。
どうやって自宅に帰ることができたのか覚えていない有様のMorkだったし、それから暫くは食事もろくに摂れないほどでその憔悴ぶりは誰から見ても明らかだった。

勿論スマホでPiにメッセージも送り続けた。
しかし既読こそつけど返事が返ってくることはなかった。


だが必死の思いで手にした空の魚をそうやすやすと手放すようなMorkではやはりないわけで。

衝撃から僅かではあるが立ち直ると、早速行動開始。
まずは情報収集だ。

幸い弟のMeenはPiの兄のDueanと恋人同士。

Meenには正直にPiに別れを告げられたことを打ち明け、Dueanを通じてPiの様子を探ってもらった。

普段から弟への愛情が過多なDueanには
「割と大きめの喧嘩をしてしまって」
と伝えてもらっている。
別れた、などと言おうものなら怒り心頭となったこの兄から情報を得るのはかなり困難となってしまうからだ。

そんなこんなの苦心の末わかったのは。
表面上は普段と変わらないが、明らかに食欲も落ち家族との会話も上の空だったりすること。
真面目に勉強はしているが、ふとした拍子にぼんやりスマホを眺めていることなど。

これらを聞いてMorkは確信した。
(Piはまだ少なくとも俺のことを嫌ってはいない)
楽観的すぎるかもしれない。
厳しい状況なのは承知だが、それでも「近くの学部の男」と名乗りSNSでのやりとりしか二人を繫ぐ糸がなかった頃と比べれば随分ましな状況だ。

そしてとうとうMorkは実力行使に打って出た。
医学部と歯学部。
学部が違えばこんなにも、というほど顔を合わすこともなかったが、週末のその日は最後の授業を終えたPiを教室の前で待ち構えたのだ。
「Pi」
怯えさせないようにできるだけ普段通り(それがどんなものだったか最早わからなくなってはいるけれど)Morkは呼びかけた。
「Mork」
彼の姿を見つけたPiはそれでも驚いた様子はなかった。
どこかこんな時が来るのを知っていたような表情は
(あの日と同じだ)
Morkは思った。

「久しぶりだな」
「うん」
Piの返事は一週間が終わった解放感でざわめく学生たちの声に消えてしまいそうだった。
「元気だった?」
「うん」
「今日これから時間ある?」
ずっとうつむき加減だったPiが顔を上げた。
「あるけど、」
「話がしたいんだ、ちゃんと」
強引なのは承知のうえ。
でもここで引き下がったら後はない、とMorkの頭の中で警報音が鳴り響く。
果たしてPiは答えた。
「いいよ」

向かった先はPiの自宅だった。
勿論Piの家族の予定は把握済み。
両親は夜勤と出張。
DueanについてはMeenにデートに誘うようお願いしたので夜遅くまで帰宅しないだろう。

そして今Piは二段ベッドの下段に。
Morkは床にクッションを置いて座り、Piを軽く見上げる格好になっている。

(痩せたよな、やっぱり)
元々男性にしてはやや華奢な骨格のPiなので少しでも体重が落ちるとすぐに見て取れてしまう。

「Pi」
Morkは切り出した。
「わかってると思うけど、俺はお前と別れる気は毛頭ない」
「でもPiをそんなになるまで追い詰めたことに気づかなかったのは俺が悪い」
「そんなことないよ」
キャンパスを出てから一言も発しなかったPiがやや強い口調で答える。
「でも諦めたくないんだ、Piのこと」
「だから聞かせて、Piの気持ちとか考えてること」
二人の間に落ちた沈黙はどれほどの時間だっただろう。

「どう、話したらいいんだか、」
とぎれとぎれのPiの声。
それでもそこにためらいはあっても嫌悪や拒絶はない、とMorkは直感した。
後は焦らずにPiから流れてくる言葉を零さないように受け止めるだけだ。

そしてPiは自らを鼓舞するように一回大きく息を吸うと意外なほど真っ直ぐMorkを見て話し始めた。

「お前と付き合うようになってから俺は少しずつ変われたと思っていたんだ」
「うん」
邪魔にならないよう静かに相槌を打つMork。
「前は自分のことが大嫌いだったけど、お前にあれだけ好きだ好きだって言われたらさ」
声こそ少し楽しげになったが、その顔は過去を懐かしむものでしかなく、Morkはまた胸に氷の刃を突き立てられる。
「俺もそんな捨てたんもんじゃないかって思えてきて」
「少しずつ自分のことを好きになり始めたんだ」
「じゃなんで、」
と言いかけて慌ててMorkは続く言葉を飲み込んだ。

「薄々はわかってたんだ」
Piはそれでも話すことは止めない。
そこに望みがあると信じたいMork。
「でもお前と、その、そういうことをするようになってからはっきりしたっていうか」
「最初のうちはなんというか、うん、わけのわからないまま終わるっていうか」
「とにかく必死でさ」
「でもそのうち気づいたんだ」
「お前は俺のことばかり気遣って自分のことは後回しなんだ、そういう時でも」
「セックスのときすらそうならお前はいつ自分の本当の気持ちや姿を見せてくれるんだろうって考えていたら段々辛くなったんだ」

こんな関係はやはり歪だと。
今は良くても後々になって取り返しのつかないことになると。
Morkが後悔する前に二人の関係を終わらせようと。
自分の出した答えを相変わらず小さな声ではあったがPiははっきりと告げた。

押し寄せる後悔は激流となってMorkを襲う。
まるで間違った範囲を勉強していた試験問題を配られた気持ちだ。
どこから手を付けたらいいのだろう。
ただテストと異なるのは答えは自分とPiの中にしかなくて、それを二人で見つけていかなければならないこと。

「Piは」
あの日の車の中よりは声の震えは抑えられていただろうか。
「Piはそんなふうに思っていたんだな、そう思わせたのは俺だ」
「でもPiとセックスをするようになって俺はもっと幸せな気持ちになったよ」
「ただどうしてもPiの方に負担がかかるだろ?」
だから自分本位な行為でPiが嫌な思いや辛い思いをしてもうしたくない、と言われるのが怖かった。
一片の曖昧さも残さないようMorkはゆっくりPiに胸の内を打ち明けた。

また二人の間に静寂が広がる。
Piの色を失った切れ長の目に水の膜が張られてきた。

「それでもやっぱりPiは俺と別れたい?」
それが合図となってPiの目から涙が流れ始めやがてか細い嗚咽となる。

「これから先」
「お前ほど俺を好きになってくれる人なんて現れないのはわかってる」
「お前と付き合うようになって」
ー俺は一生分の愛情をもらったからー


とうとう我慢できなくなって恐る恐るMorkはPiの固く握られた涙で濡れている膝の上の拳にそっと触れる。
PiはMorkの手を振り払うことはなかったけれどそれがなぜなのか今はMorkは知りたくなかった。

「Pi」
「ずっと言っているけどお前のいない未来なんて俺にとってなんの意味もないんだ」
そしてティッシュを取ってくると涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったPiの顔を優しく拭った。

「でも俺は将来後悔するお前を見たくない」
「何で後悔するって決めつけるんだ」
「これはPiだけが答えを出していい問題じゃないだろ」
すると泣き濡れていたPiが思わずといった風情で顔を上げた。

「これは、これこそは二人で話し合っていかなきゃいけない問題だよ」
「そう、なのか」
褪せた昔の写真の中の人物だったPiの表情が少しずつ鮮やかさを取り戻す。

(今だ!)
Morkは心の中で叫ぶと
「そうだよ」
穏やかだけれど今日で一番断固とした声音で言った。

Piの泣き声と鼻をすする音が少しずつ小さくなる。
その間中Morkは手の甲をそっと撫でていた。
いつしか頑なな拳は解かれ、悲しみにくれていたPiの顔は今はただ途方に暮れている。

また二人の間に落ちる静寂。
でも先程までの胸を掻きむしられるような絶望感は薄れている。

とうとう覚悟を決めたMorkは言った。
「外に行こう、Pi」
「どこへ?」
「これ以上Piを不安にさせないために俺にできることをさせてほしいんだ」
困惑を全身で表しながら、Piはかろうじてざっと顔を洗い制服から私服に着替えた。




そして今二人がいるのはいわゆるラブホテルの一室。
事情に疎いPiでもさすがにここがどういう場所かはわかる。

一見普通のホテルと変わらないし部屋も置いているアメニティも清潔だ。
でもここに入るまでの流れは徹底的に従業員と顔を合わさなくていいシステムになっている。
(とは言え泣き疲れて上手く頭が回らないPiは全てMorkに任せきりだったが)

二人並んでベッドに座りMorkはまた優しくPiの手を撫でる。
怖さはなかったがMorkが何を考えてこんな場所に来たのかわからなくてうろうろと視線が定まらないPi。

「Pi」
Morkが決意を秘めた芯のあるそれでいて柔らかい声で自分の名を呼ぶ。
「何でここに来たのか、って思ってる?」
ただ頷くだけのPi。
「Piが言っただろ?」
「Piと寝るときも俺は本音を隠してるって」
「さっきも言ったけど俺の本当の姿を見たらPiに嫌われそうで怖くて」
「確かにどこか自分をセーブしていたかもしれない」
「でもそのことがPiに別れようって言わせるほど追い詰めていたんなら」
ー俺も覚悟を決めたー
Morkの完璧な二重に縁取られた大きな目が強く熱くそして妖しく光り、Piは視線を外せない。

「100%は無理かもしれないけど」
「できるだけ自分のしたいこと、Piにしてもらいたいことを言うから」
「Piも同じようにして」
こんなことを言うには酒の勢いか雰囲気を作って勢いをつけるしかないだろ。
ここに来た理由をMorkはウィンクに紛れて告白した。



Morkは事前にあんなことを言ったけれどやはり行為の最中とても優しかった。

でもそれまでとは明らかに違っていて。
特に恥ずかしいからと顔が見える体勢を嫌がるPiに有無を言わさず正面を向かせたときは体全体が沸騰しそうだった。

ベッドのスプリングが軋む音がやけに扇情的だ。
汗に濡れて額に貼り付く幾筋かの前髪。
押し寄せる快感に抗うようにでも余さず味わうように悩ましげに寄せられる眉根。
初めて見るこんなにも余裕のないMorkの顔。
それらがPiにもたらしたのは。
他の人が決して見ることがかなわない愛しい人の姿態を独占できる疼くような優越感と、
余計な躊躇などなくお互いの体を貪ることだけに集中できる深い深い安堵だった。
そのうちPiの体の奥からもこれまで経験したことのない慄きと紙一重の悦楽が背筋を駆け抜け、己のものとは信じられない切羽詰まった声を上げPiの意識は空白となった。



やがてあまりに強烈な倦怠感に苦心しながらPiは目を開けた。
自室ともMorkの部屋のベッドとも違う手触りのシーツ。
何やかんやでどろどろだった自分の体はいつものようにさっぱりと拭き清められている。

それをしてくれた当の本人は絶対に痺れているであろうに、寝顔でもわかるくらい幸せそうにPiの頭を腕に乗せている。

Piは息すらかかる距離にいるMorkの存在に現実感が持てず、うるさげに閉じた目かかる前髪をそっと払ってみる。
すると途端に狂おしいひとときの合間に見た額をつたう汗を思い出し羞恥で体温が一気に上がる。
Morkを起こさないようにPiはそっと深呼吸を繰り返し、少し落ち着いたタイミングで昨日の放課後からの出来事を反芻する。

(これって傍から見ればセックスに持ち込まれてなし崩し的によりを戻したってことになるのかな)
わざと自虐的に声に出さず呟く。
決して嫌な気持ち、ましてや後悔などは微塵もなかった。
それより何より明らかにMorkが今までになく我を忘れて体を重ねることに没頭していることが嬉しかった。
心の底から嬉しかった。

Morkと付き合うようになってから、いや、付き合う前から一貫して彼はPi至上主義だ。
その姿勢にときに戸惑い、ときに呆れ、大事にされ過ぎてふわふわと浮遊している気持ちになったりもしながら、いつでも胸は温かいもので満たされていた。

しかしある時気づいたのだ。
Morkがとにかく自分のやりたいこと、食事のメニュー、デートの行き先、大学帰りの買い物のとき店を回る順番など些細なことではあるが希望を口にすることが殆どないこと。
一度気づいてしまえばそれからのPiはいつか必ず覚めることが決まっている夢の住人だった。
どんなに今が幸せでも終わりが決まっている絶望が少しずつPiを蝕んでいった。

だからせめて文字通り身も心も裸になる時間くらいは、Morkの中に確実にあるだろう欲や本音を見せてほしかったのだ。
それすら叶わなかったとき、Piの世界から色も音も光も消え去った。
もらってばかりの自分がこれから先Morkの隣に立っていられるとは思えなくなった。

二人の間には紗幕があってそれはすぐに破れそうなのに手強くて、いつしかPiは破ろうとする努力に疲れ果ててしまった。
でも破る必要なんてなかったのだ。

ブラインドをするする引き上げるような紐を紗幕にも備えたらよかっただけ。
しかも一人だけではなくて二人で。

そんなわかってしまえば拍子抜けする簡単なことを教えてくれたのがついさっきの時間。
とてもじゃないが全部はっきり覚えているわけではないが、お互いにしてほしいことやしてほしくないこと、触れてほしいところやその力加減を懸命に確認し合って、それが一層快感を高めることになったのだから。

(こういうときくらいもっと我がままになってくれたらいいのに)
また声にならない呟きが聞こえたわけでもないだろうがMorkがふと目を開けた。

「Piだ、Piがいる」
あどけなく囁くと少々柔らかさがなくなったPiの頬をゆっくり撫でる。
「しんどくない?大分無茶したから」
「大丈夫だ、何だ後悔しているのか?」
殊更無愛想に言ってみる。
「おっ、いつものPiだ」
Piの反応なんて折り込み済みだと言わんばかりの満ち足りた顔。
でもすぐに至極真面目な表情になったMorkは
「もう別れるなんて言わないよな、Pi」
おずおずと尋ねる。
「それ聞くか?この状況で」
平素余裕綽々で活き活きとPiをからかってばかりなのに、時々自信なさげに弱々しく尋ねてくるMork。
(俺ばかりが心配したり不安になっているわけじゃないんだ)
「そんなことにも気づいてなかったんだな」
「え?」
Morkの聞き返しには答えずPiは肘をついて半身を起こすとMorkの額にキスをする。
「お前が、えっと、うん、さっきみたいにするんなら別れない」
Piの言葉にただでさえ大きなMorkの目が丸く瞠られる。
やがてまさに「相好を崩す」を絵に書いた様子となりニヤけながら
「そうかそうか、Piは意外と激しいのが好きなんだな」
「また、すぐそういうことを言う!」
「いい加減にしろ!」
恥ずかしすぎてPiはMorkに背中を向けてしまう。
と長い両の腕が体に回されPiはあっという間に甘美な囚われの身だ。

耳のすぐ後ろから一種独特の深みがある大好きな声がする。
「俺もこれからはできるだけ自分の気持ちを言うようにするよ」
「でも覚えていて」
「Piがしたいことができて楽しく毎日を過ごすことが俺の一番の幸せなんだ」
「ひとまずセックスのときはやりたいことを素直に言うよ」
「その方が盛り上がるし、Piも気持ちよさそうだし」
あけすけな内容に反してひどく真摯な響きにPiは自分に巣食う暗渠がどんどん小さくなる気がした。
体を繋ぐことが全てじゃないけれど、それでしかわからない幸福もある。
勿論その相手はMork以外は願い下げだ。
まあ調子に乗るから今は教えてやらないけれど。
「お前だってそうだろ」
だからただそうPiは不服げに返したが続きは流石に少し声を潜めた。
「最中にお前の顔を見るの、好きかもしれない」
見ていなくてもMorkが息を呑んだのがわかった。
途端に抱きしめる腕の力がぐっと強くなる。
「Pi、まだ朝早いからさ」
「もう一回しよう!」
「は?!バカじゃないのか!無理に決まってるだろっ!」
「煽ったのはPiだ」
「煽ってない!お前と違って俺は本音をちゃんと言うだけだ!」
くだらなさゆえにとても余人には聞かせられない発展途上の恋人たちの、言い争いという名の愛撫は暫く続きそうだ。

胸の氷が溶けたことをようやく実感したMorkがどれほど晴れやかな顔をしていたのか、Piがそれを知るのはほんのもう少し先のこと。