魔法のランプの有効期限

マシュマロでいただいたお題
【声を録音&再生できる機能のついたくまちゃんのぬいぐるみを入手したMorkPiのお話】
で書いてみました。

ぬいぐるみのメッセージ機能については都合よく捏造しております。
後千星とマナデスに影響を受けていることを告白いたします(笑)





Morkは半年間、僻地医療の任務にあたることになった。
つまるところ臨時、ピンチヒッターである。
後任予定だった医師が家庭の事情により、定められた期日に間に合わなくなったのだ。
医学部生のとき、そして研修医時代にもお世話になった先輩の切実な頼みであり、また常日頃学会などで耳にする都市部と地方の医療体制の格差の問題に関心を持ち、密かに胸を痛めていたMorkはほんの少しだけ迷ったが申し出を受けることにした。
勿論Piに相談はしたが、彼が反対することはないと信じていたし、Piは不満を言うどころかむしろ
「Morkがずっと気になっていたことだろ」
「いい機会じゃないか」
と励ましてくれた。

そして出発を明日に控えた夜。
トントンと音の主に似た控えめなノックの音がしてMorkはクローゼットルームのドアを開けた。

「荷造り終わった?」
Piが少しだけ心配そうに尋ねる。
「大体」
「まあ休日に出かけるようなところもないし、職住接近だし」
「ほとんど宿舎と病院の往復で終わるから必要最低限のものでいいしな」
Morkは答えながら、えらく場違いな、いや、Piが持っているのはふさわしいとも言えなくもないのだが、とにかくそのふわふわの薄茶色の物体に目を留めた。

「それはなんだ?Pi」
すると何か愉快な企みやキスやベッドへのお誘い!なんかを仕掛ける直前の癖である上唇で下唇を軽く巻き込む仕草を恐らく無意識にすると
「アラジンの魔法のランプくま編ってところかな」
とPiは不敵に微笑む。
言われてみればなるほどくまはアラビア風の青い洋服を着ていてご丁寧にも小さなランプを確かに持っている。

「これには録音機能があるんだ」
「メッセージを吹き込んでおいたから」
「必ず明日聞いてくれ」
いつも真面目すぎるくらい折目正しい面差しが何だか腕白に煌めいている。
そんな様子があまりに可愛くて
「Pi、こっちに来て」
と手招きしいつまで経ってもどこかしなやかさを失わない体を抱きしめる。
「当分こんなこともできないからな」
「Piをできるだけ補充しておかないと」
Morkが大げさに悲しそうな顔をしてみせると
「別にいつもそんなこと言ってるような気がするぞ」
とPiは幾分ぞんざいに肩をすくめたが
「ま、今日は特別だ、好きなだけ補充したらいい」
と自分を抱きしめたままのMorkの肩口で小声で言った。


さて北部の山間部の赴任地に到着したMork。
これから勤務する近隣の基幹病院、というにはこぢんまりとしていたが、に挨拶に行きざっと説明を受けると初日はまず宿舎の部屋を整えることとなった。

Piにも言ったように少ないものなのですぐに荷ほどきは終わり、備え付けのローチェストの上にPiと二人の写真を入れた写真立てと件のくまのぬいぐるみを置いた。

(さて)
もう長い時間を共にしているのにずっと愛らしく実はお茶目な恋人はどんな言葉を言ってくれるのか。

お腹にあるボタンを押すと
「Mork、遠いところまでお疲れ」
「腹のポケットに番号を書いて手紙をニ通入れてるから」
「一つ目はどうしようもなく落ち込んだとき」
「二つ目はこっちに帰る日の前日に読んでくれ」
「今日は午後から休みにしているからいつ電話してきてもいいぞ、じゃ、がんばって」
たった半日やそこらで懐かしくなってしまったPiの声が終わるや否やMorkがスマホに手を伸ばしたのは当然だった。



そしてーー
Morkの臨時の派遣期間も半分の三ヶ月が過ぎようとしていた。
深刻な事態こそそこまで多くなかったが、やはり地方の脆弱な医療体制が原因で厳しい結果となった患者たちを見送ることもあり、それが続くとさすがに何もかも投げ出したくなるような心持ちにもなる。
またそういうときに限って急患が多く夜通し治療に明け暮れる。

気を抜いた途端ここぞとばかりに襲いかかる眠気と闘いながら自室にたどり着き、とにかくベッドに身を投げ出す。
あっという間に閉じそうになる瞼の隙間から青い光が射し込む。
その方向に視線を向けると青い服を着た例のくまが心なしか心配そうにMorkを見つめている。

(今日みたいな日こそ一つ目の手紙を読む日じゃないか)
そう思うだけで体を起こせるのだからもうすでにPiの魔法にかけられているのかもしれない。
お腹のポケットをさぐり「1」と書かれた封筒を取り出す。

「これを読んでいるってことは相当にきつくなっているってことだよな」
「お前は昔から意外と本音をなかなか言わないし誰にも頼らず一人で抱え込むところがあるから」
「ちょっと周りの人たちのことを考えて頼ったらいい」
「勿論俺にも連絡してきたらいいよ、すぐには返事できなくても俺はいつでも待ってるから」
読み終わり今度こそMorkはベッドに横になり目を閉じる。
ついさっきまで四肢に絡みついていた際限のない疲労困憊がゆるやかに離れていく。

そして改めて一緒に働くスタッフや、町を歩けば気さくに声をかけてくれる地元の人たちの顔や声を思い返す。

母のように常に食事や体調を気遣ってくれるベテラン看護師。
地元生まれ地元育ちの腕のいい検査技師。
(そういえば)
よく怪我をしてはやってくる常連の小学生の男の子が今日の処置のあと
「いつもお世話になっているからって母さんがこれ先生にって」
と渡してくれたのはこの地域名産の龍眼だった。
それをしまったままだった鞄から取り出し、小さなキッチンの流しに行き皮をむいて口に入れる。
その瑞々しい果汁がMorkの身にも心にも行き渡り明日また頑張ろうという優しい燃料となった。



とうとうこの地での最後の勤務を終え、荷造りを済ませるとさすがに深夜になっていた。
仕事に忙殺され、あまりゆっくり眺めることはなかったがやはり今夜くらいはこの地方の素晴らしい贈り物である星空を堪能しよう。

(結局Piとここの星を見ることはできなかったな)
Piがここを訪ねてきたのは結局一度だけ。
片道だけで飛行機を使っても5時間以上かかるので一泊するのが精一杯なのにPiがこの宿舎に泊まった夜はあいにくの雨だったのだ。

そしてMorkはとうとうアラジン風の衣装を着たくまのお腹のポケットからニ通目の手紙を取り出した。

「Mork、半年間お疲れさま」
「きっといろいろな経験をしたと思うし、それはこれからのお前にきっと生かされると思う」
「こっちに帰ってきたら一週間は無理でもニ、三日は休めるといいんだけれど」
「いつか二人でそこに行ってお前ご自慢の星空を見たいな」
「明日は気をつけて帰ってこいよ」
「俺もさすがに一人寝は飽きた」

最後の一行に官能をいたく刺激され、帰宅するなりPiを組み敷く己を瞬く間に想像してしまったMork。
そんな自分を少しだけほんの少しだけ反省して、雨音がするかと錯覚するくらい降り注ぐ星々の輝きに目を凝らす。
脇に抱えたくまもこの絶景には改めて驚いているようだ。
「Piの代わりによく見ておいてくれよ」
半年間を共にした相棒に囁きかける。
都会の仇花のような照明に包まれる明日からの生活の中でも、この無邪気な魔法使いがいればきっといつかこの星空の下にPiと二人来ることができるはずだ。
ままごと道具のようなくまが手にするランプを、MorkはPiの唇にするのと同じように親指でそっとひとぬぐいした。