黒猫と黄玉

マシュマロに頂いたお題で書きました。

「もくぴ、犬(または猫)を飼う」 
です。
ご提案くださりありがとうございました。
私事ながら我が家には3匹猫がおりますので猫にいたしました。


詳しくはこちら↓
https://marshmallow-qa.com/messages/17420949-ee2c-465f-bfc0-463fbf0cf323







猫は新しい環境になかなか馴染めないというが、この子に関しては当てはまらないようだ。

幸い市販の爪研ぎ用品以外であまり爪研ぎをしないので大丈夫だろう、と思い切って新調したなかなかのお値段の上品なクリーム色の革張りのソファにゆったり寝そべっているのは黒いふわふわのかたまり。
お気に入りの小さいサイズのブランケットに頭を乗せて気持ちよさそうに寝ている。

「二階の荷物は一応片付けたよ」
そう言いながら少しくたびれた様子のPiが階段を降りてくるがその視線はMorkよりも先に黒い物体に向けられる。

「一階もまあ生活できるくらいにはなったし、今日はこれくらいでいいんじゃないか」 
Morkもそう言って二人はソファにやれやれとばかりに座った。
その間に鎮座しているのは生後約半年の雄の黒猫だ。


遡ることおおよそ五ヶ月前。
Morkから夜勤から帰宅した土曜日の昼。
しかし、そこに週末なら見ただけで疲れが溶け出して蒸発する微笑みで迎えてくれるPiがいない。
(買い物にでも出かけたのかな?)
スマホを確認すると
「緊急事態」
というメッセージと共に何やらふにゃふにゃ動く生き物の動画。
「猫?!」
背景からPiが実家にいることはわかったのでなにはともあれ電話する。
「あ、Mork、ごめんな、いきなり」
申し訳なさそうな、でも弾むような調子を隠しきれないPiの声が聞こえてきた。

「いや、別にいいんだけど」
「とにかく状況を説明して」
Morkの求めに応じてPiが
「実はーーー」
と話し始めた。

昨日の金曜日の昼食時、
現在Piが勤務している母校の歯学部の研究室の秘書さんの話を聞いた。
先日彼女が自宅近くで雌の野良猫を保護したこと。
保護した時点で妊娠しており、程なくして四匹赤ちゃんを生んだこと。
三匹は自分や夫や子どもたちのつてで何とか引き取り先を見つけたが、残る一匹がまだ残っていること

「みんな可愛かったんですけど特に器量良しさんなんですよ」
そうして彼女はPiにスマホの動画を見せた。
そこにはようやく足取りがしっかりしてきたくらいのつやつやした漆黒の毛並みと少し緑がかった蜂蜜色の目が強く印象を残す子猫の姿があった。

「勿論見た目もめちゃくちゃ可愛かったんだけど」
多少言い訳がましく言葉をつなぐPi。
「その子(こう呼ぶときの声音がすでに甘い)めちゃくちゃ人見知りでさ」
「人の気配に気づくとすぐソファの下とかカーテンの陰に隠れるんだよ」
それがなかなか行き先が決まらない理由なのは明白だった。

そして終業後Piは秘書さんと彼女の自宅に向かい、散々苦心した挙げ句何とかお借りしたキャリーケースの中に件の子を入れ、当座の必要なものも頂きとにかく実家に帰ったのであった。

「だって俺らの住むコンドミニアムはペット飼育不可だろ」

さてそれからのPiの毎日は自宅と実家と職場と動物病院とペットショップを飛び回る非常に多忙なものとなった。

まさにハンガリーの作家ジョージ・ミケシュの言葉
「犬を飼うことはできる。だが猫の場合は人を飼う。なぜなら猫は人を役に立つペットだと思っているからだ」
そのままの日々だった。

当然Morkは心配した。
纏う雰囲気は随分柔らかく人当たりもとても良くなったが、生真面目で勉強家で何事にも手を抜けないPi。
あっという間に猫に関する知識を習得し、実践していく。

二人で過ごす時間がみるみる減っていくことをすまないと感じているのは明らかだったが
「見て見て、やっとケージから出てきたんだ」
「うちの実家にも慣れてきたかな」
「昨日は母さんの足元で昼寝したんだ」
「今日は俺が行ったら玄関まで迎えに来てくれたんだ!」
それはそれは楽しそうに逐一報告してくれるPiにとても不満をぶつけられないMorkだった。



何よりーーー
頑なで周囲を拒絶していて、でも本当は人懐こくて愛らしさや優しさを分け与えてくれる姿。
最初は取り付く島もなかったが、おずおずと自分に感情の一端を零すようになってくれる姿。
それはまさに出会った頃のPiそのもの。
ダメ押しは切れ長の涼し気な目だ。 
(Piによく似ているんだよな)

そんな存在を愛おしく思わないわけはない。


そしてMorkは決意した。
今日は自分の膝に乗って手からおやつのカリカリを食べたなどとMorkを惑わす切れ長の目尻を下げて語るPiに
「Pi、家を買おう」
静かにしかし決然とMorkは宣言した。


それからは多事多端、東奔西走、応接不暇。
ありとあらゆる言い回しを使っても言い尽くせない多忙を極めた日々。
二人だけではやはり手が足りなくて、互いの両親、兄弟、懐かしのギャングスター達などありったけの人手やコネを駆使してようやくこの日を迎えたのであった。


Morkは冷蔵庫からペットボトルの水をニ本持ってきて一つをPiに渡す。
二人そろってごくごくと一気に半分くらい飲み干し一息つく。

「まさにこいつの下僕だな」
そっと背中を撫でながらMorkが言う。
「猫を飼うってそういうことだよ」
規則正しい呼吸で上下するお腹とMorkを
交互に見ながらPiが言う。

「ま、こいつのお陰でPiとのライフステージがまた上がったからよしとするか」
「とうとう持ち家だからな」
「いよいよ生涯ともにするしかないぞ」
口元は冗談めかしているがMorkの目はどこまでも真剣だ。

「この子がいてもいなくてもそのつもりだったけど」
「いよいよ腹を決めたし安心もしてるよ」 
「だからそんな怖い顔しない」
おどけるとPiはMorkのこわばった眉間を優しく指先でほぐす。

「本当だったらまた指輪を買いたかったんだけど」
「ニ個も要らないってPiは言うだろうから」
Morkの言葉に思わず自分の胸元に視線を落とすPi。
そこには職業柄指にはめることができない二人お揃いのプラチナのリングが華奢な同じくプラチナのチェーンに通して揺れている。
「よくおわかりで」
愉快そうに笑うPiにMorkはポケットからリボンをかけた箱を恭しく取り出しPiに手渡す。

「何これ?」
「開けてみて」

ビロードの箱にあったのは。
二人の愛息子の煌めく目によく似た小さなトパーズが埋め込まれた、ソファと同じくクリーム色の革の首輪があった。

「こいつには誓いの指輪でなくて首輪だ」
「名前もトパーズにしたしな」
してやったりとばかりPiの手を取り芝居かがった仕草で骨ばった甲に口づけするMork。
Piは驚きやら嬉しさやら疲れやらで離れていこうとした意識を努力して引き寄せ
「ありがとう」
「改めて末永くよろしく、この子と一緒にな」 
と返した。
その後短くはない年月を重ねてきた恋人であり伴侶でもある二人は、すっかり馴染んだ唇でそれでもどこか清新なキスを新しい家族越しに交わした。