トーストにロンガンハニー

なんなんでしょう?あのPondくんのメッセージは?
少し前に民をざわつかせたあのやりとりに捧げます。

Poohと言えば蜂蜜、ということで。
祝!"love u honey the Pooh!"









「おはよう」
まだ寝癖のついた頭に眼鏡を引っ掛けて眠気と格闘中のPiがリビングに入ってきた。

「おはよう」
一足先に起きていたMorkは答える。
二人での暮らしの中でいつしか出来上がっていった約束事の一つ。

「先に起きた方が朝食をつくる」
その代わりというか、メニューは大体お決まり。
パンとジュースかコーヒーか紅茶。
たまに果物などがつくこともある。
とはいえ、二人共、特に医師のMorkは多忙なのでそろって食べられる日ばかりではない。

だからこれは短くも大切な愛おしい時間なのだ。

「じゃあ食べようか」
「悪いな、最近はお前ばっかりに用意させて」
椅子に座りながらPiが少し申し訳無さそうな顔をする。

ここのところのPiは近いうちに開催される歯学会の研究発表の準備に忙殺されている。
毎日遅くまで大学の研究室に詰め、帰宅しても資料の手直しをしたりしている。
なので朝は時間ギリギリまで寝ているので自然とMorkが準備をすることが続いていた。

「気にするな。学会の準備も大詰めだろ」
グレープルーツジュースを手渡しながらMorkは柔らかく完璧な二重の目を細めながら微笑む。

「あ、そうだ、この間実家に帰ったとき母さんからもらったんだ、これ」
褐色の液体が入った瓶をPiに見せる。
「なんだそれ?」
「母さんもいただき物だって言ってた。ロンガンハニーだってさ」

世界三大蜂蜜の一つとも言われるタイのロンガンハニー。
ライチに似た果物で、そのまま生で食べるのも人気があるが、その花から採れる蜂蜜も高級品として知られている。

「名前くらいはきいたことあるけど」
「体にいいらしいぞ、疲労回復効果もあるって」
「ここ最近Piが学会の発表で根を詰めて大変そうだって話したら母さんが持たせてくれたんだ」
「おばさんに余計な心配かけたかな、でもありがとう」

「どうする?紅茶にでも入れる?それともトーストに塗る?」
尋ねるMorkに
「バターとそれをたっぷりトーストに塗ってほしいな」
と素直に甘えるPi。
「かしこまりました」
ことさら丁重に答えるMork。
そしてPiのリクエスト通りのトーストを手渡し、自分も同じものを食べ始める。

「へえ、ちょっと独特の匂いがする」
一口食べてPiが物珍しそうに言う。
「紅茶っぽいような、少し漢方薬っぽいような?おいしいし、うん、体に良さそう」
さすがに疲れの気配を振り払うとまではいかないがとても嬉しそうに笑った。
その笑顔が見られただけでこの希少な蜂蜜を持たせてくれた母親に深く感謝するMorkではあった。

するとPiのその天使もかくやという優しい表情に悪戯な色合いが混じり。

向いの席に座っていたPiが立ち上がりMorkの隣に来た、と思うと
Piの唇がMorkのそれの端を掠めた。
少し驚いてPiを見上げるMorkに
「蜂蜜がついてたぞ。小さい子じゃあるまいし」
とおどけて言うPi。
「ごちそうさま」
その後は自分の使った食器をシンクに持って行きながら
「でも本当にありがとう。疲れが大分ましになった気がするよ」
と今更ながら頬を染めて言う姿に思わず
(ずるい)
と声には出さないが唸るMork。

そんなMorkの胸中を知ってか知らずか
「学会発表頑張るからさ」
「終わったらこの埋め合わせは必ずするから」

そしていつものMorkの甘いからかいの言葉が始まる前に
「じゃあシャワー浴びてくる」
と逃げるようにPiは部屋から出ていった。

(ますますずるい)
何年経っても、疲れていささか風采が上がらなくても、MorkにとってPiはやはり空を泳ぐ魚らしい。

リビングに一人残ったMorkは先程の感触を惜しむように親指で自分の唇に触れ、まだ僅かに残っていた蜂蜜を拭いひと舐めした。
ロンガンハニーとPiが入り混じったようなその味を堪能しながら、さてはて「埋め合わせ」には何をお願いしようかなと楽しく企む。

とびきりお洒落にエスコートするもよし、たおやかに艷やかに自分に身を委ねる姿を貪るもよし。

二人の部屋を輝かす清浄な朝の光は、そんなMorkのどうしようもなく浮かれた天秤の行方をやれやれと呆れながら見守っていたようだった。