空港点景〜頂きの星を抱きしめて〜
FUTSアドベントカレンダー
企画12作目
これもはてなに上げた話からつながっているのでこちらに書きました。
「空港点景〜あの頃の君と〜」
https://yoshinashitan.hatenadiary.jp/entry/2021/07/07/185714
「空港点景〜空の魚と夜の海〜」
https://yoshinashitan.hatenadiary.jp/entry/2021/07/10/182804
「次の土曜なにか予定ある?」
いつものように講義が終わった後MorkがPiを家まで送る車の中で尋ねる。
「そろそろ試験勉強の準備をするくらいかな」
Piが答えると
「その日にさ」
「スワンナプーム空港のクリスマスツリーの点灯式があるんだ」
「Piと見に行きたいんだ」
とその名前は二人にとって忘れがたく密やかな暗号みたいなものなので、基本自分の気持ちを隠すのが不得手なPiの目の縁とか、耳とかに朱がたちどころに現れる。
「え、そ、そうなのか」
「そんな賑やかなイベント行ったことないし」
俯いてしまったPiはそれでも決して嫌がっているわけではなさそうだ。
「あそこのツリーだけは絶対Piと二人だけで見に行きたいんだ」
あくまで優しく
あくまで甘く
けれど決定的に逃げ場を塞ぐMorkの手法にはいつまで経ってもどきまぎしてしまうが、
追い詰められることに幸せを感じている自分もたいがいだ、
とPiは笑い出しそうになりながら
「ま、何事も経験だ」
「行ってみるか」
さて、その週の土曜日。
そろそろ当たりの夕闇が本格的に群青色の夜に変わりかける頃
MorkとPiは約束通り名付けようのない感情が去来する
思い出というにはまだ生々しいこの場所で
でも傍目には仲睦まじい恋人同士として立っていた。
やがて司会者によるカウントダウンが始まる。
「3、2、1点灯!」
するとゆうに普通のマンションなら3階分はあろうか、という高さのツリーにイルミネーションが煌めきはじめた。
そこだけ星空を切り取って据え付けたような空間。
「綺麗だな」
Morkは見上げるPiの横顔をつくづく見つめる。
その視線の先には
ツリーの天辺に誇り高く
そして自分を仰ぐ全ての人々を慈しむように見下ろすトップスターがある。
一つのタイミング
一つの勇気
などのあれやこれやが欠けていたら、いまだPiは自分にとって手が届くべくもない見上げるしかないあの星だったのかもしれない
とすっと背筋が冷えた。
だから殆ど無意識に確かに隣りにいるPiの手を握る。
びっくりしたPiの眦はそれでもほんの少し咎めだてたがでも柔らかい。
「ありがとう」
「お前がいなかったらこんなところに来ることなんて一生なかったかも」
そう言ったPiは確かにMorkの手に降ってきた頂きの星だった。