手の中のプリズム

前回の「鳳凰木を一枝」のモブ子がめでたく?ユーハオのクラスメートに昇格しました。自分を思いっきり投影しているモブ子。
好き勝手できて楽しいですねえ。
試験期間とかは日本の設定にしています。











新学期が始まった。
とうとう、と言うべきか私は今や我が校のバレーボール部の主力選手となったユーハオと同じクラスになった。

同じクラスになっても彼の印象は変わることはなかったけれどね。

思っていた以上に元気一杯で、いつもお腹を空かせていて、でも意外と授業態度は真面目、何より本当に目端が利くというか気配りのできる人だった。忘れ物は相変わらず多いけれど。

転校当初いろいろな噂のあった彼を何となく遠巻きに見ていた同級生たちも、彼の人懐っこい魅力に惹かれ、今や結構なクラスの人気者だ。

ただツーシュアン先輩と付き合っていることは、そう多くの人が知っているわけではない。
隠しているわけではないけれど、積極的に話しているわけでもないって感じかな。

だから多くのクラスメートが彼の周りに集まるようになっても、割とユーハオとはよく話していた。

彼としても、何となく流れで以前から先輩とユーハオのことを知っている私と話すのは気楽だったんだろう。 
何しろ高校入学当初から先輩を見つめ続けた身ですから。

あ、でもストーカーめいたことはしていなかったはず…だって先輩の家がどこかも知らないし
、いや、だいたいの場所は見当がついているけれど、それにSNSもプライベートを特定するほどチェックもしていない。
そもそも先輩はバレーボール以外の話題を投稿することは滅多にないし。


まあ私のことはどうでもいい。
新学期の浮足立った雰囲気も落ち着き、学年最初の試験期間に突入し部活も休止になったある日の放課後。人もまばらな教室で、ひどいしかめっ面でスマホの画面をにらんでいるユーハオがいた。やれやれ、せっかくの彫りの深い綺麗な顔が台無し。

「どうしたの?」
近寄って尋ねると、ユーハオは無言でスマホを私の顔に突きつけてきた。
「何なの?」
その子どもっぽい仕草に苦笑いしながら重ねて尋ねると
「キャプテンの野郎ーー!」
と唸っている。虫歯が痛むみたいな顔。
「シャオシャオ先輩も先輩だよ、一体どういうつもりなんだ!」

それで彼の言う「キャプテン」が、彼が心血を
注いでいるバレーボール部の前キャプテンチェンエン先輩だ、ということがわかった。チェンエン先輩とツーシュアン先輩は大の親友。
学部は違うけれど同じ大学に進学したし。

ちなみにシャオシャオ先輩はバレーボール部の元マネージャー。ポニーテールがよく似合うしっかり者の可愛い人で、チェンエン先輩とは在学中からとても仲の良い同級生カップルだった。

だから二人とは勿論親しくしていて、何ならツーシュアン先輩との交際も応援していたはず。
だからユーハオがこれ程不機嫌になるのが不思議だった。

「とにかくこれ見てみろよ」
と、ユーハオはとあるURLをクリックした。

そこには・・・

今や懐かしさを感じる我が高校のジャージを着たツーシュアン先輩が、同じくジャージ姿のチェンエン先輩に背を向ける格好で立っていた。

そしてチェンエン先輩が強引にツーシュアン先輩の腕をつかみ自分の方に向かせると
「シュアン、あいつと近づき過ぎだぞ」
と怒ったように言い、そして壁にツーシュアン先輩を押しつけると益々顔を近づけ、その手でツーシュアン先輩のジャージのファスナーを下ろし、Tシャツ越しに先輩の胸を撫で回し始めた。

するとツーシュアン先輩の顔が次第に陶然としてきて、そこへチェンエン先輩が畳み掛けるように
「お前は俺のものだ」
「他の奴は見るな」
「俺だけを見てろ」
チェンエン先輩の指がツーシュアン先輩の顎にかかり、今にもキスしようとした…

「何これ?!」
私は思わず叫んだ。鏡を見なくてもわかる、私の顔は今真っ赤だ。一体何をユーハオは見せたの?
と混乱してしまったが、ふと気づいた。

えらくカメラアングルが凝っているのだ。
技術の巧拙はともかく。
ある時はチェンエン先輩側から、次は反対側から、アップにしたりルーズにしたり、素人目にもただのプライベートの映像には見えなかった。

「で?」
尋ねる私にユーハオが  
「は?何が?」
と人間ここまでなれるもんか、というくらいの仏頂面で答える。
「これにシャオシャオ先輩がどう関係しているわけ?」
「だから!これはシャオシャオ先輩が脚本書いて撮影もしたんだよ!高校の時にっ!」
大きな声でユーハオが言い募る。
そうかそうか、シャオシャオ先輩はBLがお好きなのね。私も割と好きだよ。漫画よりは小説をよく読むかな、ってそんなことを思っている場合じゃない。

「おかしいだろ?何で自分の彼氏とその親友にこんなことさせるんだよっ」
確かに。でもそんなシャオシャオ先輩のこと好きだよ、とあくまで心の中で呟く。
「でも何で今頃この映像が送られてきたの?」
と疑問を口にすると
「高校在学中は先生に見つかっても面倒だし、学校のみんなにからかわれるのも鬱陶しいからアップしなかったんだ」
「でももう大学生になったことだしいいかなって仲間内のグループチャットに公開したんだよっ」
「まあお友達同士で楽しんでいるだけならいいんじゃない」
ユーハオが意外と?嫉妬深いのは知っているから確かに面白くないのはわかるけれど、でも何故そこまで怒るのかは合点がいかない。

すると今度は机に突っ伏して
「何かこの映像が大学の映画研究会みたいなサークルの連中に見つかったらしくてさ」
ここで深い深い溜息。
「今度本格的に短編映画として撮ることになったんだ…」
とこの世の終わりみたいに呻いている。

そんなユーハオの姿に申し訳ないけれど、私は笑いをかみ殺すのに必死だった。

確かに迫真の演技だったし、親友同士だけあって息もピッタリ。
何より二人共バレー部だっただけあって(チェンエン先輩は大学でも続けている)背も高くて顔も小さくてスタイルは申し分ないし、チェンエン先輩もいつもふざけてばかりだからついつい忘れそうになるけれど、なかなか可愛い顔をしている。
スクリーンでもこの二人ならさぞかし映えるだろう。

そして私は言った。
「ツーシュアン先輩みたいにパッと見ストイックな人がこういう役するとギャップですごいいい感じになるよね」
するとユーハオはガバっと顔を上げて
「いい感じって?!」
と噛みつかんばかりに詰め寄ってきた。まるで気の荒い野良猫だ。
「まあ簡単に言えば色っぽいってことだよ」
意地悪く言ってやる。
憧れ続けた人と見事恋人になったその当の本人に対してだもん、これくらいいいよね。
「ああっもうっ!」
椅子に座ったままジタバタするユーハオに
「いつも先輩をハラハラさせてるんだから、たまにはあんたがやきもきするのもいいんじゃない」
とにっこり笑って言ってやると私はカバンを持ってわざとらしくことさら颯爽と教室を出た。

家に帰る道すがら頬が緩むのが押さえきれなかった。
ノリノリでシャオシャオ先輩プロデュース作品で演技していたツーシュアン先輩が頭から離れなくて。

さすが先輩だな、一見謹厳実直そのものみたいなのに。許容範囲が広いというかなんというか。自分からあまり羽目を外す方じゃないはずだけれど。

外から働きかけられて「面白そう」と思えば、びっくりすくるくらい多彩な面を見せてくれる。
光を通すことで様々な色や輝きをもたらすプリズムのように。

くるくる表情が変わるユーハオのことをいつも万華鏡みたい、と私は思っている。
それなら先輩はプリズムなのね。それも一流の職人さんが丁寧に作り上げた。

もちろんそれは既にユーハオの手にしっかり握られているのだけれど油断しないほうがいい。
差し込む光次第では、時に持ち主の目を射抜くとんでもない輝きを放つから。うっかり落とさないようにね。

さて件の短編映画が完成した暁には、嫌がるのがわかりきっているユーハオと一緒に観たいな、うん、絶対にそうしよう。

夕暮れ特有の青みがかった空を見上げて私はささやかに誓った。