潮風に邪魔はさせない

これまで書いたPureFolkの中で一番なんてことのないお話になりました。






「俺が先にシャワー浴びていい?」
PureがFolkに尋ねる。
「うん?いいよ」
少しだけ気怠げにFolkが答える。
「じゃあお先に」
と一言残してPureはさっさとドアの向こうへ姿を消した。

ここはバンコクから車で3時間ほどの海辺にあるホテル。

宿泊料金は学生である二人でも少し頑張れば届く程度なのだが、清潔でシンプルな中にも都会的なセンスとリゾートのリラックスした雰囲気の両方を感じさせとても居心地がよかった。

夏休みも半ばを迎え、休暇中の様々な行事も落ち着き、かねてから約束していた一泊旅行が実現したのだ。

ついさっきまでホテルから歩いて数分の海で泳いだり、デッキチェアに座って潮風に吹かれながら美しい色の飲み物を堪能したり、まさにこれぞバカンス!という時間を過ごした。

さすがに強い日差しに疲れたきたので部屋に戻りシャワーを浴びて暫く休んだ後ディナーにのぞもうという予定。

Folkはベッドに座り窓の外を見ていた。
そこには二人ではしゃいでいた白い砂浜と青のグラデーションが目に鮮やかな海がどこまでも続いている。
あまりに綺麗で現実感がないな、などとぼんやり思っていると
「お待たせ!」
と現実そのものであり同時に今でも夢のようでもある恋人の声がした。

ふと我に返り
「おう、じゃ行ってくるわ」
とFolkは答えた。


しばらくしてFolkもシャワーを終えて部屋に戻るとPureが何やらオシャレなボトルを手に嬉しそうににこにこしている。

「なにそれ?」
と尋ねるとPureが待ってました、とばかりに一層笑顔を弾けさせる。

「これはヘアオイルだよ」
「で、お前はなんでそんなもん持ってるんだ?」
重ねて尋ねると
「それはもちろんお前の髪につけるために決まってる」
得意げなPure。

繊細そうな外見に似合わず実はファッションにも美容にもさほど興味のないFolk(それでも何となく様になってしまうのはそのずば抜けたスタイルの良さと涼やかな顔立ちのおかげに他ならない)には、ヘアオイルと言われても今ひとつピンとこない。

「なんのためにつけるんだ?」
といかにも不思議そうな顔のFolkを
「ま、いいからこっちこっち」
と手招き、部屋に備え付けの大きな鏡の前の椅子に座らせるPure。

そして自分はFolkの傍らに立ち、ボトルのキャップをはずすと手の平に2、3滴落としそれを両手を擦り合わせ延ばすと、Folkのまだしっとり濡れた髪全体に満遍なくつけていく。
 
「だって潮風にあたると髪も肌も痛むじゃないか」
不審そうな表情をしたままの鏡の中FolkにPureは楽しそうに話しかける。
「これをつけると髪がパサパサしなくなるんだってさ、お店の人が言ってた」
「え?わざわざ買ったわけ?」
Folkは驚いて背後のPureを振り返った。
「そうだよ」
何当たり前のことを訊くのだ、と言わんばかりのPure。
「俺の髪のためなんかに無駄遣いするなよ」
決して嫌なわけではない、ただあまりに大事にされすぎてどうにも面映ゆい。
ついついぶっきらぼうな口調になる。

それが照れ隠しなことくらい先刻承知のPureは特に気を悪くしたようでもなく、それどころか
「お前の髪が手触りがいい方が腕枕していても気持ちいいからな」
などと言い出す。

「は?!お前、なにを言っ」
抗議の声は
「ほら、次はドライヤーをするぞ」
というPureに遮られたかと思うと、温風がFolkの頭に吹き付けられPureの指が髪を揺する。
暫くそうされていて少しFolkが眠気を覚えた始めた頃
「はい、できた」
と終了を告げる声とともにドライヤーも止められた。

「Folk、髪触ってみろよ」
言われるままに手櫛をするように指を滑らせてFolkは目を見張った。

元々サラサラしている方ではあるが、自分のものとは思えないほど滑らかだ。

「どう?」
「嘘みたいだ。自分の髪じゃないみたい」
「だろ」
満足げな顔でFolkの顔を肩越しに覗き込むとPureは優しくその髪に軽いキスをした。

「匂いもいいな」
「いろいろ試してFolkに似合いそうなのにしたんだ」
清楚なリリィ系にほのかにムスクが混じる香り(無論Folkはそんなに詳しくわかったわけではない)。
これがPureの自分へのイメージなのかと思うと気恥ずかしかったが、今度は嬉しさの方が勝った。

「ありがとう」
素直に感謝の言葉が出た。
そして改めてまじまじとコロンとした手に馴染みそうなフォルムのボトルを見つめる。

それは目の前の海の淡い部分を閉じ込めたような水色をしていた。

(中身がなくなってもこれは記念にとっておこう)
Folkは心の中で呟きながら、髪に置かれたPureの手を自分の方に引き寄せ、さっきの彼からのものよりは幾分長めのキスを唇に返した。