朝の木陰

今回はモブ目線のお話。  
設定は日本に拠っています。










医学部卒業後、研修医になって約半年。
比較的のんびりした市の地方病院で、同僚や先輩、上司にも恵まれ、自分の力不足に落ち込みながらも有意義な日々を過ごしている。

それにささやかな張り合いも最近できた。

地方病院の悲しいところで人手不足はうちでも問題であり、その解消のために連携している近くの大学病院から週2、3日のペースで医師を派遣してもらって何とかやり繰りしているのが実情だ。

そして2ヶ月前から主に夜間救急の担当となったのが大学病院のP'Morkである。

「はじめまして、よろしくお願いします」
と彼に挨拶されたときの衝撃はちょっと忘れられない。

確かに白衣を着ているし、名札もつけているから医師なのは間違いないし、病院にいる姿はしっくりくる。
でも同時にひどく場違いなのも本当だった。

売れっ子俳優やモデルにも掛け値なしにひけをとらない長身で抜群のプロポーション
完璧な二重の下には知的で意志の強さを感じさせる大きな目。
少し長目の前髪と厚めの唇は職場なのに不謹慎ながらセクシーだった。

しかもこれだけの容姿を持ちながら、常に冷静沈着。
どんな難しく深刻な患者が運び込まれても滅多に焦る様子を見せたことはない。
若いんだろうな、とは思っていたけれど、まだ卒業後5年目と聞いたときは驚愕したものだ。

またこちらから投げかけた質問にはとても丁寧に答えてくれるし、時間があれば、いやなくても
「じゃ、先生はどう考える?このデータから読み取れることある?」
逆に質問を返してこちら側に症例を考えさせてくれる。
とても教育熱心なのだ。 

そう、P'Morkと同じシフトに入る、これがささやかな楽しみとなったのだ。

もし自分に今恋人がいなかったら心惹かれた可能性は大いにあったろうな、と思う。

まあ、そうだったとしても早々に撤退しただろうけれど。

なぜならつい最近見てしまったのだ。

P'Morkと夜間の救急当番を務めた早朝。
深夜から続いた搬送も落ち着いたので
「先生、朝ごはん買ってきたらいかがですか」
と声をかけると
「うーん、そうだな、今のうちに買ってこようかな」
と言って何気なくスマホを見たP'Morkの顔がまさに花開いたかのように明るくなった。
「じゃ行ってくる」
彼にしては珍しく慌てた様子で待機室を出ていった。

そして私も眠気覚ましと気分転換をかねて外の空気を吸おうとしたその時。

中庭の大きな木の下にあるベンチに座る二人。
穏やかな陰りに包まれるその姿は周囲から守られているようでも、静かにきっぱりと隔てられているようでもあった。


一人はP'Mork。
少し遠かったがあれほど華やかな人を見間違うはずはない。
もう一人はP'と同じくらいの年頃の男性。

「おはようございます」
と声をかければいいだけの話だ。なんて言ったってついさっきまで一緒に働いていた後輩であり同僚なのだから。

でもそれが憚られる雰囲気が明らかにあった。

なので挨拶をする代わりに植え込みを目隠しにもう少し二人に近づいてみた。
盗み聞きなんて品のないこととは思ったが、好奇心には勝てなかった。

だってその時のP'Morkの顔ったら。
この病院中の、いや、きっと他の誰も見たことはないだろう。

この上なく愛しいものへ向けるその眼差しは甘い甘いカクテル。
全然詳しくないのだけれど、何回かバーで飲んで好きになったシンガポール・スリングの少しピンクを帯びた澄んだ赤の色合いを思い出した。

見ているだけで酔ってしまいそう。

「こんな朝早くから来なくてもよかったのに」
「だって今日から泊りがけで学会に行くから、ここで会っとかないと明後日まで会えないよ」
それでもいいの?
上目遣いでからかうような、しなだれかかるようなその口調。
いや、寸分の関係もない私ですらたじろぐほどのすごい威力だった。

P'Morkはこんな胸を射抜かれる攻撃を日々受けているのか。
思わず彼の精神の安寧を祈ってしまった。

「それは辛いな」
とわざと(絶対そう!)深刻な顔をしたP'Morkは、お相手の彼の小さな顔の顎を親指と人差し指で挟んで持ち上げて柔らかなキスを唇に落とした。

(絵になるなあ)
と我知らず呆けたように見惚れてしまった。

そうP'Morkの恋人(に決まっている)は先生ほどの華やかさはなかったが、切れ長の目が印象的などこか楚々とした美しさがあった。
それに幾分華奢だがすらりとしていて座っていてもスタイルの良さが十分に伝わってくる。
要するに大層お似合いの二人なのだ。

「お前なあ、ここ職場だぞ」
呆れたように眉をひそめるが、明らかにこういうことには慣れきっているというのが伝わってきてそれがやけに色っぽいな、と感じた。

その後の学会に関する短いやり取りでお相手が歯科医らしいということもわかった。


「じゃもう少し退勤まで時間があるから戻るな。これ、ありがとう」
と恋人が持ってきた朝ごはんの入った袋を掲げ、名残惜しさという名の水がコップから溢れ出しているP'Morkに思わず笑いそうになる。
「学会から帰ってきたら連絡して、Pi」
いつも耳に心地よい彼の落ち着いた低音の声が少し情けなさそうでそれがまた微笑ましい。

そうかそうか、P'Morkの最愛の宝物はPiというお名前なのね。

さて、彼らに見つからないように私も持ち場に帰りますか。

目の端で抱き合う彼らを最後にとらえることができて、幸せのお裾分けをもらった気分だ。

いつもだったらひたすら疲れた心身を何とかなだめて勤務終了まで保たせるのだが、今朝は思いもかけないプレゼントのおかげでもうひと頑張りできそうだ。

それにしても…
憧れの人の秘密を知った、と言いたいところだが、きっとP'Morkは誰にも隠す気はないんだろうな。

そう思うとついつい笑いがこみ上げてきて、暫くの間職場の何人かに
「先生、何かいいことでもありました?」
と尋ねられる羽目になってしまったのだった。



ちなみにシンガポール・スリングのカクテル言葉は「秘密」