木漏れ日は何色

Color Rush最終話からしばらく経ってのお話。
時系列は適当です。ごめんなさい。
本当は若者らしく(笑)最近の流行りの曲とか使って等身大に近づけたいんですがね。
ま、無理してもいいことにならないんで。
多少でも馴染みがあるものをモチーフにしました。
蛇足ですが「美しい五月に」は、ハイネの詩をシューマンが歌曲にした人気のある作品です。






ヨヌとユハンが大抵の週末を共に受験勉強をしながら過ごすようになって数ヶ月。


昔の詩人が
「僕の心の中に
 恋が芽生えた」
と歌った「美しい五月」を迎えた。
木々の葉擦れの音が優しく耳朶を打つそんな季節。


ユハンと出会う前のモノであるヨヌにとって、世界は灰色の濃淡で構成されていた。
そこでは季節の移り変わりは茫洋としていて、気温や湿度は額に触れる風や、体を動かすときに纏わりついてくる空気の重さで感じていたようにぼんやりと思う。

ユハンに出会って自分を取り巻く色の洪水に押しやられないように必死だからかもしれない。 
彼と出会う以前のことが段々思い出せなくなってきているみたいなのだ。

ユハンの顔、特に柔らかなキャラメル色の瞳を見つめることによって起こるカラームーブ。ヨヌが世界の色を取り戻すよすが

体力的な負担は現役高校生なのもあって大分克服できたけれど、逃げ出したいような、ずっと耽溺していたいような心持ちにはいつまで経っても慣れることができない。 
他のことが何もかもどうでもよくなってしまう。

またユハンときたら
「カラームーブの時のお前が好きだ」
だの
「お前の色は俺が全部教えてやる、何度でも」 
だの毎日のように言葉の花束を捧げてくる。
 
あまつさえ、人目を盗んで頻繁に(ユハンに言わせるとこの程度で?とのことなのたが、モノのヨヌは昔から人付き合いをできるだけ避けてきたのでそれはもう大変なのである)ひょいとキスしてくる始末。
人前で手を繋いだり肩に頭を寄せてくるくらいは半ば諦め気味だ。

だからこんなことは甚だ不本意なのだが、ある目的があって、今日の昼食はいつも勉強している図書館に併設のカフェではなくヨヌがつくったサンドウィッチを近くの公園の人目につかないところで食べることにした。

ユハン本人は詳しいことは言わないけれど、おそらく大変な名家のいわゆる御曹司なのに、ヨヌのつくる庶民的なごく普通の食事を殊のほか喜んで食べる。

父を早くに亡くし母が四年前に失踪。その後母の妹である叔母と暮らしていて、ジャーナリストとして忙しく働く彼女に代わり家事をこなすようになったヨヌは家庭料理のレベルならかなりのレパートリーがある。

誰かのそれも愛しい誰かの顔を思い浮かべながら料理をするなどというのは初めての経験で、ついつい熱が入ってしまう。ユハンには絶対知られたくないけれど。

さて食後大きな木の陰に広げたシートに二人寝転んで、初夏らしく生い茂る幼子のやわらかな頬のような質感の新緑を見上げる。

そしていつものその小さな顔のほとんど覆う黒いマスク姿のユハンをじっと見つめ、ヨヌはとうとう今日の目的を口にした。

「あのさ」
大事なことを話そうとすると、ことさらぶっきらぼうになるヨヌの口調を気にすることもなく
「お?なんだ?そうか、今晩もヨヌの家に泊まっていいんだな」
とかそれは嬉しそうに軽口を叩きながら自分に覆いかぶさり、ヨヌの首筋あたりに鼻を擦り付けてくるユハン。
「あのな」
ますます口調がきつくなるヨヌ。
他の人にはいつも気怠げにどうでもよさそうに対するくせに。
そんなユハンの態度に知らず知らず誰ともなしに優越感を抱いてユハンの体の重みにうっとりしかける。

「お願いがあるんだ」
ヨヌのお願いだったらこの命にかけて、とか何とか芝居がかった話しぶりが加速するユハンを何とか押し止め
「木漏れ日の色を見せてほしいんだ!」 
やっと言えた。

「は?木漏れ日?」
素っ頓狂な声とともにヨヌの上からやっと体をどけたユハン。

やっぱりそうなるよな、と心の中でつぶやきながら恥ずかしさを隠そうと 
「何だよ、なんか文句あるのかよ」
と不貞腐れてしまう。

人付き合いが苦手だった分、子どもの頃から読書が割と好きだったので語彙はそこそこある方かもしれない。まあ、色がわからないので想像もできないことが多すぎてもどかしく悲しかったのは確かなのだが。

そういったわけで以前ユハンと恋の逃避行!の末海辺に辿り着いたときも
「昔、泡沫の意味がわからなかった」
などと気がついたら口にしていた。

同じように木漏れ日もヨヌにとってはあまりに未知なもの。
何故か昔から気になっていた言葉のうちの一つだった。
幼い頃父か母から聞いたのだろうか。もう確かめる術はないけれど。

そしてこれも何となくだが、見せてもらうなら今のこの季節がふさわしい気がしていた。
少し前に学校の音楽の授業で鑑賞させられたシューマンの歌曲のことも頭に残っていたのかもしれない。

〜美しい五月に〜

とても美しい五月に
全てのつぼみが開く
僕の心の中に
恋が芽生えた

とても美しい五月に
鳥たちはみな歌う
僕は彼女に打ち明けた
彼女への憧れと想いを


「木漏れ日の色って言われてもなあ」
と首を傾げるユハン。

でもヨヌは知っている。
この並外れた美貌とスタイルの例えマスクでほとんど顔が隠れていようとも、二人で繁華街でも歩こうものならばすれ違う人すれ違う人男女を問わず彼に目を留める元アイドル練習生が自分のお願いにめっぽう弱いことを。
(そしてヨヌ自身はまるで気づいていないが、彼も同じくらいその神秘的な一種異世界から来たような美しさで人々の視線を集めているのだが)

「どうしても見たいんだ、頼むよ」
とここぞとばかりその吊り目がちのアーモンドアイをじっと見つめれば
「わかったよ、じゃあいいか」
とトレードマークの黒いマスクをゆっくりと外すとユハンはヨヌを見つめ返した。

まず始めに目眩に似た、宝石箱にダイブしたかのようなカラームーブの衝撃が去るのを待つ。
その後最初に目に飛び込んでくるのは、いつもユハンの端正でそこだけ花が咲き誇っているような、それなのに心から心配そうな顔。

「大丈夫か」
これもいつもと同じ問いかけ。このときのユハンはいつものヨヌをからかって愉快そうにしているのときとはまるで違って、物静かでひどく優しい。

そして今日は
「じゃあ上を見てみるか」
と愛おしそうにヨヌの頬を撫でながらユハンが言う。
その言葉に促されて顔を上げたヨヌの目に飛び込んできたのは新緑の葉とその隙間から差し込んでくる光のダンス。

風に葉が揺れるたびにそのステップのリズムが変わる。その様子にしばらくヨヌは見惚れた。

葉の色を受けて木漏れ日も淡い緑のように一瞬思えたのだが、目を凝らすとやはり光は光で何色とも名状し難かった。それでもヨヌは満足だった。
ユハンと出会う前の灰色の世界では感じ取ることも叶わなかったのだから

何となく安堵して溜め息をついて、さすがに疲れた目を休めようとヨヌが目を閉じると、チャンス到来とばかりにユハンがその瞼に素早くキスした。

「ったく!人に見られたらどうするんだよ!」
慌てて声を荒らげてもこの恋人にはどこ吹く風なのはわかりすぎるくらいで。本気で怒っていないことをお見通しなのも。

ユハンとはもちろん何度もキスはしていて、舌を絡め合う濃厚なその先の行為を予感させるそれにも夢中なのだが(年頃なんで!)、それと同じくらいカラームーブの後に慈しむようにねぎらうようにユハンが瞼に落としてくれるキスも好きなのだ。

そしてユハンの唇が瞼に触れるとき、閉じているはずの目の中で刹那何かが輝く。

そしてヨヌは気づいた
そのユハンがもたらすきらめきと木漏れ日がよく似ていることに。
眩しくてとても長くは見つめられないのに、でも自分を守ってくれるような慰撫するような光。

それはとても幸せな発見だった。
思わず笑みをこぼすと目ざといユハンが
「あ、笑った!なんだよ、何がおかしかったんだよ」
と問い詰めてきた。

なんだよ、教えろよ、と嬉しそうに絡んでくるユハンの声を聞き流しながら、夏の照りつける日差しはさすがにきつそうだから、今度は秋の木漏れ日でも見せてもらおうかな、やっぱり季節が変わると光の見え方も違うのかな、などとゆるゆる考えながらヨヌはもう一度葉の隙間から覗く五月の青い空を見上げた。