その手が運ぶもの

最近ネタを全然思いつかなかったので有り難く便乗させてもらいました。 
いつもの二人ですね(笑)

「朝ごはんどうする」










「あれ」
隣で眠っているはずの人の体温を手を伸ばして探る。
でもそこにはひんやりと乾いたシーツの海が広がるばかり。

「Folk?」
昨夜というか明け方近くまでの名残でまだ少し掠れた声で恋人の名を呼ぶと
「起きたのか?おはよう」
とこちらはつい数時間前のめくるめくようなひとときの気配など微塵も感じさせない。

「シャワー浴びてこいよ」
と言いながらFolkは朝食の用意をしている。
まあさっき屋台で買ってきたお粥を皿によそっているだけなのだが。
それでもその手慣れた仕草に、結末がわかりきっていても繰り返し読んでしまうお気に入りの絵本のような親しみと安堵を覚える。


そしてシャワーを終えると二人用の小さなテーブルに向かい合って座り、今日の大学の授業のことや、共通の友人の話題などとりとめもなく話しながらスプーンを口に運ぶ。

二人が暮らす寮のFolkの方の部屋。
朝の光が窓から差し込み、Folkの茶色がかった髪をより明るく輝かせている。

どんなFolkもPureにとっては何よりも誰よりも心を捉えて離さないのだが、この時間の彼はやはり特別だ。

高校生の頃から男女問わず数多の相手と寝てきたPure。
事が終わればさっさとその場を立ち去ることが常だった。

Folkと初めて体の関係を持ったときも当然そうするつもりだったのだが、成り行きで気がつけば一緒に朝ごはんを食べていた。

今朝のものよりもっと簡素なドライフードのお粥だったな、と思い返す。

多分あのときPureの中でFolkが誰にも代えがたい存在になったのだ。その時はまさかそうとは気づかなかったけれど。


Folk の魅力を列挙しろと言われたら、それこそ一日中、一晩中でも話し続けられる自信はある。

そんな中でも一つだけ選べと言われたら、
「当たり前の大切さを教えてくれること」
と答えるだろう。
真っ当すぎて照れるけれど。

朝目を覚ませばおはようと朝食を。
帰宅すればただいまと時々優しいキスを。
時間が合わないこともあるができるだけ夕食も一緒にとるようにしている。
そして眠りにつく前はおやすみを。
もちろんそのまま長く熱い体の芯が蕩けるような夜となることもあるし、それはそれで素晴らしい。

思えばこれまでのPureにはそういった些細な、でも大切な毎日の積み重ねが欠落していた。
どうということのない普通の挨拶。
家族と一緒にとる食事。
ちょっとした体調の悪さや落ち込んだ気分の気配に気づいてくれること。

それを知ってか知らずか、いや、多分勘が良くて実は細やかな気遣いができるFolkは何かしら思うところはあるはずで、とりたてて特別なことをするわけでもなくただ凪いだ日常を共に過ごしてくれる。

色褪せぼんやりした来し方を塗り直してくれているような。

「手が止まってるぞ」 
もの思いにとらわれスプーンを動かすことを失念していたPureにFolkが怪訝そうに声をかける。

「洗い物はお前だからな」
そう言うと先に食べ終わったFolkは立ち上がり通学用の服に着替えようとした。

PureはそんなFolkの若木のようにスラリとした背中側から両手で彼の長い腕をつかむ。
どうした?とでも言うようにFolkが首だけねじって振り返る。
その表情はわがままな子どもを咎めるようなそれでいて慰めるような、まあ要するにPureの大好きなものだった。
(絶対他の奴らに見せたくない)

「デザート忘れてる」
「俺らの朝飯にそんなしゃれたもんあったか?」
「あるよ、特別に甘いのが」
ここぞという時の(ことある毎に多用している気もするが)上目遣いでPureが言うと、Folkはやれやれと溢れる愛しさと夜の残り香のような僅かな情欲を少し皮肉げな片笑みでコーティングして、それでも自分より頭半分背の低いPureの方へしっかり向き直りこの時間にしては濃厚な深いキスを与えた。

「今日授業2限からだよな?」
効果を熟知している艶っぽい低音でPureが囁く。
「そうだよ」
先程の余韻で少し上がった息の合間にFolkが答える。
「じゃあもう少しデザートの続き食べさせて」
Pureが愉快そうに言った後一瞬間が空き、そしてベッドの軋む音が苦笑交じりに部屋に響いた。